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るいの実質上のファーストキス、実はその時期は高2ではなく、ましてやその相手は晃でもなかった。


“キス”に関して、苦い記憶が1つある。


それは小学生の頃、家族で訪れた水族館で、ぼんやりと広い水槽で泳ぐ魚たちを見つめていた時のことだ。


「航!走んな言うてるやろ!!!」


そんな女性の叫び声が聞こえる中、るいは『ドンッ!!!』と強く誰かにぶつかられ、その時、自分の口元と相手の口元が接触したのだ。


自分と同じくらいの背丈をした少年だった。

自分と同じくらいの背丈だから、ぶつかったとき運悪く口元が接触してしまったのだ。


「いってえ!!!顔面強打!!!」

「あーもうほらバカ!走んな言うたのに!!!ごめんなさいね!?怪我なかった!?」

「…大丈夫です。」


ぶつかった少年に、怒りながら駆け寄る女性。

「だってイルカショー早く行かねーと前で見れねえだろ!?」と騒いでいる少年は、どうやらイルカショーを前の席で見たいがために急いでいたらしい。


とんだ災難な目に会った。と「はあ。」とため息を吐くと、その時の一部始終を見ていたらしいるいの弟、りとがるいを見ながら腹を抱えて笑っている。


「うわっはっはっ!!!ちょっ今のキスじゃね!?口どうしぶつかったよな!?キスじゃね!?うはは兄ちゃん良かったな!!!」


笑って自分をからかう弟。

その時るいは、弟にこう言ったのだ。


「なに言ってんだよ、ただ口元が接触しただけだろ、」と。

だからそれをキスと言うんだ、という突っ込みを入れるものは居らず、そうは言ってもやっぱりりとは、ずっとるいのことを笑っていたから、そんな口元の接触だけで笑われてしまったことに対し苦い思い出ができてしまい、この時からるいの中では、“気持ちの無い口元の接触などキスではない”という理論に至った。


けれど、実際のところ口元の接触がキス、と言い切るのなら、るいのファーストキスの相手は水族館でぶつかった少年になるのだが。


まさかその少年が、今自分の目の前にいる彼、友岡 航だとは思わないだろう。


そして航自身もまた、そんな記憶は覚えていない。


ああ、なんとファンタスティックな出来事だこと。


しかし案外この世の中は、彼らも知らないファンタスティックで溢れているのだった。



るいのファーストキス おわり

2015.07.07〜08.21
拍手ありがとうございました!


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