3. 由香と航のバレンタイン [ 163/163 ]
【 由香と航のバレンタイン 】
今でこそ『航』と名前を呼び、大学で仲良くしている友人、友岡航は、あたしの中学時代、密かに好意を寄せていた人だった。
かと言って『告白しよう』とか、『付き合いたい』とかそういう気持ちを真剣に持っていたわけではなく、ただなんとなく『いいなぁ…』って。『仲良くなりたいなぁ…』っていう思いを向けていただけのクラスメイト。
いつも誰かと楽しそうに話していて、元気に遊び回っている。周りの男女を引き寄せていく友岡くん。あたしもその引き寄せられる人たちの中の一人だ。
友岡くんは、可愛くて男子からの人気もあった一宮さんと仲が良く、さらにはお似合いだったから、あたしは当然そのうち二人は付き合うんだろうなぁ…という目で見ていた。もうとっくに付き合ってるのかも?って思ったりもしたけど、友岡くん自身の口から『彩花ちゃんは友達』って話してる声を聞いたことがあるから、内心無意味にちょっとホッとしたこともある。
ホッとしたところで自分が告白しようという気とかはまったくないのだけれど。なんとなく『いいなぁ』って思ってる人に可愛い彼女ができちゃったら残念な気持ちにはなってしまうようで、ほんとに無意味な安堵である。
中学2年の秋頃、友岡くんとは校外学習で班が同じになり、さらに席も隣になった。友岡くんの隣の席は、とにかく楽しい。授業中に練り消し作って先生に怒られてたり、その練り消しで字を消そうとしてて、でも上手く字を消せなくて苦戦してたり、その練り消しが爪の間に挟まって取ろうとしてて、全然先生の話聞いてなくてまた怒られてたりする。この人ほんとにバカだなぁ…って思うけど見てて飽きない。
『伸びる練り消しってどうやって作んの?』ってあたしに聞かれたことがあるけど、そんなのあたしが知るはずないし、第一普通の消しゴムで伸びる練り消しを作るのは無理じゃない?
でも冗談で『固めてこねまくってみれば?』って言ったら、その次の授業中に友岡くんはあたしの言う通りに消しカスを固めてこねまくっていて、また先生に怒られていた。何回怒られてもいつもバカなことを真剣に行なっている友岡くんを見ているのは、やっぱり面白くて、楽しかった。
友岡くんとは年が明けるまで隣の席だった。でも残念ながら冬休みが終わり新学期が始まってすぐ、中学2年での最後の席替えをした。
友岡くんとは席が離れてしまったものの、友岡くんの席が廊下側の入り口に近い席だったから、すれ違えば『おはよう』って挨拶をできるくらいには、友岡くんとの関わりがまだ残っている。でもそれだけ。友岡くんにとってあたしは、ただの数十人いるクラスメイトの一人に過ぎない。
相変わらず一宮さんとは仲良く喋ってるし、お似合いだし、『付き合わないのかな?』って思うけど、まだ二人は付き合っていないらしい。だから『バレンタインで友岡くんに告白しようかな?』って話している子の噂を耳にしたりする。
バレンタインかぁ…。
あたしも義理チョコあげようかな?
同級生の男の子に本命チョコをあげるほどの熱意はあたしには無かった。でも、友岡くんとは一時期仲良くしてもらったし、って、バレンタインの数日前に軽い気持ちであたしはスーパーでチョコ菓子を買って用意する。
そしてバレンタインデー当日、友岡くんは朝からいろんな子にチョコレートを渡されていた。それが義理か本命かは分からない。『わーい、ありがとー』って笑顔で女子の手からチョコを受け取ってくれるから、友岡くんの周りではみんな楽しそうにチョコレートの渡し合いが行われていた。
あたしもしれっと、その賑やかな空気の中に混じりに行った。
「はい!あたしもあげる〜」って友岡くんに差し出したのは、スティック状のお菓子にチョコソースとトッピングを付けて食べられるお菓子だ。なんとなく友岡くんが好きそうだなぁって思って選んだお菓子だったけど、友岡くんは「おぉー!これ俺超好き!!昔よく食べてた!」ってあたしの手から嬉しそうに笑顔でそのお菓子を受け取ってくれた。
あまりバレンタインデーに張り切ってチョコをあげるタイプの性格でもなかったあたしは、そんなに喜んでもらえるならあげてよかったなぁ…ってバレンタインという日に初めて楽しさを感じた。
友岡くんにお菓子をあげてからあたしはすぐに席に戻り、授業が始まるのを待っていたが、先生が教室に入ってきてすぐに「こらー!友岡ー!!家に帰ってから食べなさい!!」ってさっそく怒られている友岡くん。見ればその友岡くんの手には、あたしがあげたお菓子の容器が握られており、スティック状のお菓子にチョコソースとトッピングをつけてもうそのお菓子を食べていた。
あたしは「うそ、もう食べてる…」って独り言が出てしまい、思わず笑ってしまったことを今でもはっきり覚えている。
あれからもう5年くらい経ったのかな?
あたしの大学の友人、航は、中学の頃とは見違えるくらい大人になっている。大学の講義は真面目に前を向いて話を聞いてるし、練り消しを作ってる時のような友岡くんの面影はもうあまりない。でも、ふとした時に見せる無邪気な笑みは、昔から変わらないままだ。
たまに変なこと言い出して笑かしてきたりすることがあるから、やっぱり友岡くんだなぁって思ったりして懐かしい気持ちになる。
友岡くんにとって一クラスメイトだったあたしが、今では毎日顔を合わせて、会話するくらいの友達になれて、素直に嬉しいし、やっぱり楽しい。
大学生になって初めてのバレンタインの日には、また中学の時に友岡くんにあげたお菓子を航となっちくんに買って用意した。
「はい、航これあげるー!なっちくんも!」
そう言って差し出したお菓子を、航は「あっ!これ!」って満面の笑みを浮かべながら受け取ってくれる。
「由香中学の時もくれたよな!?」
「あ、覚えててくれてた?」
「覚えてる覚えてる!だって俺これ貰ってそっこー食って先生に怒られたもん!!」
「あはは、あたしもそれ覚えてるー。」
驚いたなぁ、友岡くんは女の子からたくさんチョコレート貰ってたから、あたしから貰ったお菓子なんて覚えてないだろうなって思ってた。
でも覚えててくれたことが嬉しい。友岡くんの中学の思い出の中にあたしの存在もちょっとでも含まれてたらそれだけで嬉しい。
たくさんの友達に囲まれて、楽しそうに中学時代を送っていた友岡くんと、大学生になった今友達として過ごせていることがあたしは嬉しい。
もう練り消しを作ってるような友岡くんは居ないけど、時折変なことを言って笑かしてくるような航とあたしはいつまでも友達で居たい。
可愛い彼女…、じゃなくてかっこいい彼氏がいたのはびっくりだけど、航ダーリンが許してくれるなら、来年もまた航に義理チョコをあげたい。
昔から今もこれが恋愛感情かどうかなんてよく分かってなくて、べつに友岡航という人の彼女になりたい、なんて願望とかは全然無かったつもりだけど、確実に“友岡航という人”に惹かれている自分は居て、昔から今でもそんな感情はあまり表には出さないようにしている。
だって、
友岡くんと普通に話せなくなるのは嫌だから。
これがもしも恋愛感情だとしても、あたしは墓場までこの気持ちを持っていくつもりだ。
由香と航のバレンタイン おわり
2023.01.11〜02.16
拍手ありがとうございました!
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