1. 矢田兄妹のバレンタイン@ [ 161/163 ]

【 矢田兄妹のバレンタイン 】


りなの家は2月14日になると、何度も『ピンポン』と音が鳴り、誰かが訪ねて来る。それはりなたちが小学生の頃からで、お兄ちゃんと一緒に玄関の扉を開けてみたらそこには女の子が立っている。

『矢田くんこれ、バレンタインチョコ貰ってください』って言って、恥ずかしそうにお兄ちゃんに手紙付きで可愛くラッピングされた袋を渡していた。

りなはその頃まだ幼くて、『なになに!?お兄ちゃん何貰ったの!?』って興味津々だったけど、お兄ちゃんは手紙だけコソッと隠すようにポケットにしまい、女の子から貰ったチョコレートを半分りなにも分けてくれた。


また数十分後に『ピンポン』と音が鳴った。またりなはお兄ちゃんと一緒に扉を開けたら、そこにはお兄ちゃんも知らない子二人が立っていたようで、『どちら様ですか?』ってお兄ちゃんが女の子達に問いかける。


『りとくんのクラスメイトです!』

『あっ…あの、りとくん、いますか…?』


どうやらりとのクラスメイトの女の子だったようだ。りとは学校から帰ってきてすぐに公園に遊びに行ったから、『りとは今そこの公園で遊んでます。』って家の近くの公園を教えてあげるお兄ちゃん。女の子達はその言葉を聞き、真っ赤な顔をしながらぺこぺこと頭を下げて去って行った。


りなの二人のお兄ちゃんは、バレンタインデーがくると昔からこんな感じでいつもたくさんのチョコレートを女の子から貰っていた。だからりなはこの日になると、昔からお兄ちゃんに飽きるくらいチョコを貰うから、あまりチョコ菓子が好きではない。…っていうのは余談だ。



中学生になってからの二人のお兄ちゃんは、小学生の頃よりもさらにバレンタインチョコを貰うようになった。

お兄ちゃんが中学二年、りとが中学一年、そしてりなが小学六年生の頃、りなは学校から帰ってきてもお菓子を食べずに大人しく家でお兄ちゃんたちが帰ってくるのを待っていた。


『ただいまー』

『お兄ちゃんおかえりー!チョコ貰ってきたぁ?』

『うん、貰ってきた。あー疲れたぁ…。』


2月14日、学校から帰ってきたお兄ちゃんは、その言葉通り疲れた顔をしながら「はい」ってりなに、山盛りのチョコが入った袋を渡してくる。手作りのチョコや、ちょっと高そうなチョコ、スーパーでよく見かけるチョコ菓子など、種類はさまざまだ。

一日で全部は食べきれないから、先にお兄ちゃんと二人で手作りのチョコを食べてみる。


『…このチョコちょっと変な味しない…?』

『……うん。』


お兄ちゃんは申し訳なさそうにしながらも、一度口に入れたチョコをティッシュに出していたから、りなもお兄ちゃんのマネしてチョコをティッシュに出した。

手作りチョコが食べ切れなくて捨てることは、昔からわりとよくあることではあった。


お兄ちゃんが帰ってきて一時間後くらいに、りとも同じようにチョコが入った袋を手に持って帰ってきた。お兄ちゃんほどの量ではないが、それでもまあまあの量を貰っている。


『はいよ、りな毒味。』


帰ってきてすぐにそのチョコが入った袋をりなに差し出してくるりと。こういうことを言ってるから、お兄ちゃんよりもモテないしバレンタインチョコを貰う量が少ないのだ。

りなが毒味しないとこいつはせっかくもらった手作りチョコなんて中身を見もせず捨ててしまいそうだから、一つ一つラッピングをほどいて、チョコレートを一つずつ食べてみる。

そして、“美味しい”、”普通”、“まずい”って三つに分別して、りとはりなに“美味しい”って評価されたチョコだけを食べていた。

これは、誰にも言えないバレンタインの日にりなの家で行われる、モテる兄たちとのやり取りである。みんな頑張って作ってるのに、頑張って作ったチョコレートは妹に毒味された上に捨てられてるものもあるなんて……って、考えただけで貰った本人ではなく何故かりなが申し訳ない気持ちになってしまうのだった。



そして季節は巡り、また早くもバレンタインデーがやって来た。お兄ちゃんが中学三年、りとが中学二年、りなが中学一年となり、りなの同級生の中にもお兄ちゃんにチョコをあげたがっている子がそこそこいて「渡しといて」っていきなりりながお兄ちゃん宛てのチョコを渡される。…ゲッ、これは手作りチョコではあ〜りませんか…。

まさか『あげても食べてもらえないかもよ?』なんて言えないりなは、仕方なく「渡しとくね」って愛想笑いを見せて返事しながらチョコを受け取る。

そうしているうちに、まるでりなが女の子にモテモテか?と思うくらい鞄の中はチョコで山盛りとなった。中にはほんとにりなが貰った友チョコもあるが、正直勘弁してほしかった。りなはできたらポテチが食べたい…。

べつにバレンタインデーにあげるものチョコじゃなくてもよくない?ポテチでもよくない?りなが男ならバレンタインの日にポテチ渡してくる女の子がもし居たら『この子分かってんじゃん』ってころっとその女の子のことが好きになっちゃうね!…というのはモテる兄がいるりなのちょっとズレた思考であるが…。



休み時間になるとキャッキャと可愛い紙袋を持って廊下を走っている女の子を、りなは『みんなはしゃいでんな〜』って親父臭い態度で眺めていた。りなはバレンタインで可愛くはしゃぐ女の子にはなれない。


キャッキャとはしゃいでいる女の子は、前方に歩いている男子生徒の元に恐る恐る近付いていき、チョコを渡していた。でもりなの視線の先はすぐに女の子たちより、そのチョコをもらっていた男子生徒の背中に向く。

そこには、太マジックのデカい字で【 手作りチョコは断固拒否 】と書かれた紙が貼り付けられていた。その男子生徒は一緒にいる友達たちにニヤニヤと笑われていて、どうやら背中に紙を貼られている事は当然気付いてはいないのだろう。チョコをあげていた女の子も、『どうしよう』『教えてあげる?』というような態度でチラチラと紙に目を向けていた。


「うわ〜、なにあれ可哀想。あんなの背中に貼られたらせっかくチョコあげようとしてる子居ても貰えなくなっちゃうよね。」

「え…?てかあの人って…、」


りなは一緒に廊下を歩いていたクラスメイトの友達にそう話しかけながらその男子生徒の背中に同情した目を向けていたのだが……


「りなのお兄さんじゃない…?りと先輩の方。」

「……へ?」


りなの友達がそう口にするまで、【 手作りチョコは断固拒否 】と書かれた紙を背中に貼られた男子生徒がりとだということは、全然気が付かなかった。

でも、りとだと分かり、凄く納得した。


「…あ、ほんとだウケる、あいつには丁度良い貼り紙だわ。りとの友達まじグッジョブ。」


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