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さっそくメイク、衣装を知り合いに頼んで協力してもらい、“矢那川いと”の写真撮影を行った。

前にりとが女装した時は下半身にジーパンを穿いた手抜きだったが今回は本気の女装で、身体のラインがあまり出ないように膝下丈の黒のスカートとふんわりしたシルク素材の白シャツを用意してもらった。

ウイッグはマロン色のゆる巻きヘアー。

元々顔のパーツが良いりとは、ちょっとメイクをしてもらっただけでもあれよあれよと美女姿になっていく。


そんな“矢那川いと”が出来上がっていく工程を後ろでじっくり観察していた矢田は、完成形を見た瞬間、「よっ!いとちゃん可愛い〜!!べっぴんさぁ〜ん!!」と拍手しながら歓声を送った。

兄のふざけた歓声にりとは足を大胆に開いて矢田を蹴ろうとしていたが、下手すればスカートが破れかねないので「待て待てスカート破れる」と俺は兄弟の間に慌てて割って入った。それに、スカートが捲れてしまうと男物のパンツが見えてしまうため気をつけて貰わなければならない。


準備が整ったら外に出て、メイクと衣装の用意をしてくれた子たちが近くに居た方が不自然では無いだろうと一緒について来てもらい、キャンパス内で写真撮影を行った。


写真を撮るのは“矢那川いとアカウント”を管理している矢田である。

いちいち矢田はりとにポーズや表情の指示を送っており、乗り気になってるりとはちゃんと矢田の指示に従っている。その度矢田が「あ〜イイね、イイよぉ〜」などと褒め言葉を口にしていてちょっとキモい。つーか二人ともノリが良すぎるくらいで俺はちょっとついていけない。


ニタニタ笑いながらスマホを操作している矢田の手にあるスマホ画面を覗き見すると、【 いとでーす!撮影しましたぁ〜☆ 】という文字と一緒に撮りたてほやほやの写真も貼り付けていた。

前回とは違い今回は完全に悪ふざけの女装なため矢田はかなり楽しそうだ。

さっそくサクラのような役割をしている森園にフォローやリツイート、それに【 かわいい! 】というコメントをしてもらうと、“矢那川いとアカウント”はさまざまな人の目に触れ始め、どんどん拡散されていった。


次に撮影場所を大学内にあるカフェテラスに変え、いとちゃんを椅子に座らせ、買ってきたカフェオレを手に持たせる。矢田は空が写るようにと背景にまで拘り始めたため、しゃがみながらスマホを構える矢田はかなり面白い姿になってしまっている。


ただでさえ俺と矢田が一緒にいるとわりと人から見られる事が多いのだが、さらに矢田が変な格好をして「あ〜可愛い!いとちゃん可愛いねぇ〜!」なんて言いながら女の写真を撮っているから、通りすがりの人に「あの子誰?」といとちゃんは指をさされていた。


「矢田、一旦撤収。お前かなり目立ってるわ。」

「俺っすか?」


撮った写真を確認しながら矢田はへらへらと笑っており、自分が変なポーズで写真を撮っていた自覚は少しも無さそうだ。

りとは女装姿で堂々と歩くのはまだ恥じらいがあるようで、俺の背後にくっつきながらこそこそと隠れるように歩いている。


「お前普通にしとけよ、誰も今の姿がりとってわかんねーって。」

「シッ!会長呼び方には気を付けてください、いとちゃんっすよ、いとちゃん。」

「兄貴ノリノリすぎてキモすぎんだけど。」

「お前いとちゃんの姿で喋んなよ!!」

「矢田のその受け答えも結構アウトだけどな。」

「あっぶね…、もぉ〜いとちゃんお喋りはき〜ん〜し〜!」

「拓也…、兄貴がガチでキモいんだけどどうしたらいい…?」

「お前ら二人とももう黙ってろ。」


りとは俺の肩に肘を置いて、ぐったりしながら兄に冷めた目を向けていた。


俺はこの時、ちっとも気付いていなかった。

いとちゃんに突き刺さっていた視線を。

『あの子誰?』…そう噂され始めた、いとちゃんに突き刺さる嫉妬のような鋭い視線を。


その日、矢那川いとアカウントには、【 拓也くんの彼女ですか? 】というコメントや、【 るいくんに写真撮ってもらってましたよね? 】というコメントがついていた。


「いとちゃんやばくね?拓也ファンに嫉妬されまくってんじゃん。」


家に帰ってくると、りとは他人事のように矢那川いとアカウントを見ながらケラケラと笑っている。完全に女装した姿は自分自身と切り分けているようだ。


「それにしても一日ですげー拡散されたな。」

「ミスコンのタグ付けまでしてるからだろ?兄貴抜かりなさすぎだろ。」

「あいつが写真撮ってるとこも見られてるからコメント欄軽く荒れてねえか?大丈夫かこれ。」

「俺ってバレなかったらなんでもいいわ。あ〜俺腹減ってきたな〜。拓也めし〜。」

「…はいはい。」


約束は約束なので、もう矢那川いとアカウントのことはどうでもよさそうに腹を摩り始めたりとに、俺は適当に二人分の肉野菜炒めを作って夕飯を用意してやった。


矢那川いとアカウントを管理している矢田が軽く荒れ気味のコメント欄を読んでいるかは不明だが、一日の終わりに【 おやすみんみんみんみんゼミ〜zzz 】というふざけた投稿をしている。

どこか文章に航みを感じるが、まさか航に文章打たせてねえよな?と疑ってしまった。


しかし翌朝には【 おはよう地球☆今日も自転頑張って☆ 】というわけわからない文章が書かれていたから、この“自転”という単語が出てきた時点で航は使わなさそうな単語だし、書いてるのはやっぱり矢田だったか。と、『航に文章打たせてねえよな?』という疑惑は俺の中で一瞬で晴れた。

しかしこいつはウケ狙いで書いているのだろうか?それとも、女の子が書く文としてこれが“可愛い文章”だと思って書いているのだろうか?それなら女心が分かっていないにも程がある。どう見ても電波系か、不思議ちゃんのような子が書くような文章だ。


まあ意味不明な文章を朝からせっせと投稿している矢田はさておき、食パンを齧りながらちゃっかりアカウントを確認しているりとは、「これ兄貴絶対楽しんでるだろ」と言いながら自身もクスリと笑っていた。

お前もそこそこ楽しんでるだろ。


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