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( 過去拍手お礼小説No.15、 No.24、futureU 第11話 )
俺、黒瀬拓也は自分で言うのもなんだが、大学のミスターコンテスト2年連続グランプリという肩書きを持っていて学内ではそこそこの有名人だ。けれど今年はさすがにもういいやとミスターコンの出場を辞退し、運営側に回ることにした。
俺が出場しないのなら、せめて誰が見てもイケメンですでにもうかなりの人気がある矢田兄弟に出てもらうよう頼んでくれないかと言われているが、俺が頼んでも矢田兄弟は『出ない』の一点張りである。
矢田は去年準グランプリだったんだから今年はグランプリ狙えよ、などと言ってみるものの、『会長が出ないミスターコンでグランプリ取ってもねぇ』とせせら笑いながら言われてしまった。
矢田とは昨年盛大に競った仲だから、ライバル視してくれているようで光栄だが、矢田からも俺と似たような『今年はもういいや』と言いたげな空気を感じて俺はもう何も言えなくなった。去年のミスターコンはめちゃくちゃ熱かったもんな…。あれを経験するのはぶっちゃけ1回で十分である。
次は矢田兄弟で競ってるところを見たいなと思ったものの、矢田以上にりとの方が“ミスターコン”というイベントそのものに白けた目を向けており、出場は望めそうになかった。
出場者募集締切間近となった日の夜、俺は最後の悪あがきに矢田を自宅に招いて酒と夕飯を奢ってやりながらミスターコンの勧誘を行なっていた。これで無理だったらもう諦めるしかない。
「兄貴今年も出ればいいのに。」
「お前が出ろよ!」
「俺は拒否。」
しれっとりとも俺が矢田に中華料理屋で持ち帰りで買ってやった餃子を摘みながら口を挟み、兄弟でミスターコンの押し付け合いをしている。押し付け合わずに二人で出てくれ。
「あいちゅ〜んカード1万奢ってやるって言ったらどう?」
「俺がそんなやっすい報酬で乗るわけねえだろ。」
「え〜、りと出ろよぉ。俺お前のうちわ持って応援してやるよ?」
「うぜ、黙って。」
酒をグビッと飲みながら話す矢田はすでにもう酔いかけなのか、へらへらした表情を浮かべていて、そんな矢田を前にしてりとは冷めた目を向けながら餃子をバクバク食べている。そして、酔っ払い矢田の次に口にした言葉をきっかけに、話は思わぬ方へ進んでいった。
「あっ、じゃありと女装してミスコンの方出ろよ。前女装したりとかわいかったからいけるわ〜。」
思い出したようにそう話す矢田の言葉に、りとは「ぐふっ…!」と口に入れたばかりの餃子を喉に詰まらせ、咽せている。
普段ならそこまでストレートに言わなさそうな発言だが、酒の影響か矢田はスマホ画面にりとの女装写真を表示させながらやけに素直にりとの女装姿を褒め始めた。
「うわ、そのキモイ写真まだ持ってんのかよ。さっさと消せよ。」
「このりと超かわいくねえっすか?目元りなにすげー似てる。ミスコン出れますよね?」
「お、おう…まあな。かわいいな。」
矢田は俺に写真を見せつけながらそう聞いてくるが、兄からの珍しい褒め言葉にりとは「きしょくわりぃこと言ってんな!!」と矢田の足をドカドカと蹴っている。酔っ払い矢田の口からは航だけでなく弟妹愛も語り始めることがあるから、まさに今の矢田はりとのことを可愛い弟扱いしている真っ只中だ。
普段はりとに口うるさいこといろいろ言っていたとしても、それは結局は弟のことを思っての言葉で、矢田にとってりとは可愛い可愛い弟なのだ。それが、酒の影響でまんまと暴かれてしまっており、りとは本気で酔っ払い兄のことを気色悪がっていた。
「そういやミスコンもいまいち盛り上がりに欠けそうなんだよなぁ…。あっ、ほらあの子、れいちゃん?だっけ、矢田のいとこ。声かけたらしいけどばっさり断られたんだって。」
「あ〜、れいは確かにそういうの出たがるタイプじゃないかもっすね〜。」
「ミスもミスターもグランプリ有力候補が出場拒否で運営の人らまじで撃沈してるから。お前らが揃って出てくれると解決なんだけどな〜。」
「りと女装させて出させましょう。このりとなら絶対いける。」
矢田は自信満々にそう言いながら、弟の女装写真を本人の顔の目の前に手を伸ばして見せ付けた。
しら〜っと白けた目を兄に向ける弟に、矢田はヘラヘラとした酔っ払いの面で「あいっちゅ〜ん、か、あ、どっ、買ったげるから。」とりとの耳元で囁いている。どんだけりとをあいちゅーんカードで釣ろうとしてるんだ。
しかしまさかそれでは乗らないだろうと思っていたが、意外にもりとはにたっと笑いながら「いくら分?」と兄に問いかけた。
「1万。」
「え〜?1万〜?」
「え〜?じゃあ2万〜?でもお前にそこまで金使いたくねえしなぁ〜。」
「じゃあ拒否。」
「でも女装だぞ?お前ってバレねえんだよ?」
「じゃあ兄貴が出ろよ。」
「りとの女装がかわいかったから言ってんのぉ〜!」
普段とはかけ離れすぎな酔っ払い矢田のへらへらしながら口を開くその態度に、りとは「キモ。」と言いながらもその後「ククッ」と笑っていた。
「ガチでバレなそう?」
「言わなきゃお前だって分かる人は居ねえと思うけど。」
「ほ〜。で?兄貴あいちゅーんカード1万だろ?拓也は?」
「…俺もか。じゃあ…、俺も1万。」
俺と矢田から1万で、合計2万。さすがに悩んでる様子のりとに、あともう一踏ん張りかと思った俺は、「ミスコンまでの間飯の面倒見てやるよ。」って言えば、2万で悩んでいたりとがあっさり「乗った!」とグーサインを見せてきた。
「お〜!そうと決まればさっそくPR用のアカウント作らないとっすね〜。名前なににします〜?」
「そうだなぁ…。やだ、やたせ…、やなせ…、やな…」
「“矢那川いと”にしましょう!いとちゃん!!」
「おお、いとちゃんな。いいじゃん。」
矢田の提案に頷くと、矢田はへらへらと笑いながらさっそく“矢那川いとアカウント”を開設していた。矢田を本気にさせるとこういう仕事がガチで早い。
こうして俺たち3人は、この酔っ払い矢田の酔っ払った勢いで、コソコソと大学の一大イベントを利用した盛大な悪戯を始めてしまった。
果たして矢那川いとちゃんは、女装した男だとバレずにミスコンに出られるのだろうか?
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