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「あれ?お前まだいたの?」


矢田が課題を始めて1時間ほど経った頃、ふと顔を上げ俺に視線を向けてきた矢田にそんな一言を言われてしまった。

まさかずっとここに居た俺の存在をまったく気にされていなかったとは驚きだ。


「はっ!?居たら悪いのかよ!?」

「別に悪いっつってねえだろ。西って何でいつもそんな喧嘩腰なの?」


それはお前が生意気だからだよ!!って言い返したかったけど、古澤くんにもこっちに目を向けられていたため矢田に言い返すのを躊躇ってしまった。

俺が何も言わなかったら矢田は「まあいいけど。」とどうでもよさそうに吐き捨てて、それと同時にノートパソコンを閉じている。


「もう終わり?」

「うん。もうちょいでバイト。」


ぐりぐりと両目を手で擦り、古澤くんから差し出された本を矢田は「サンキュー」と礼を言って受け取り、鞄の中に片付けた。


時刻は17時半頃で、俺ももう少しでバイト先に行かなければならない。


「あとで仁くんとお寿司食べに行くね。」

「おー。じゃあ俺バイト行くわ。」

「うん、頑張って。」


矢田は古澤くんの声に返事したあと、鞄を持って立ち上がった。するとまたチラッと俺の方へ視線を向けられる。

あとちょっとだけゆっくりしていたかったのに、『お前は行かねえのかよ?』というような目で見られた気がして、俺も渋々椅子から立ち上がった。


ファーストフード店を出て、バイト先までの少しの道のりを矢田と微妙な距離感を保ちながら歩く。

何か話しかけられるかと身構えていたが別に何も話しかけられず、沈黙のままバイト先に到着した。


仕事着に着替えながら矢田は眠そうにあくびをしている。さっきまであれだけカタカタパソコン触っていたから眠いのも納得だ。


「職場入ったらあくびすんなよ。」

「ぁあ?」


先輩として先に忠告してやったつもりなのに、鋭い目付きで睨み付けられた。だからお前はそういうところが生意気なんだよ!!


「それ俺に言ってんの?」

「他に誰がいるんだよ…!」

「自分?」

「おかしいだろ!!!」


先に着替えを終えた矢田は、冷めた態度で俺を見下ろしてくる。威圧感があってちょっと怯んでしまった。


「お前さあ、誰にでも偉そうな態度取るのやめた方がいいぞ、バカがバレるから。」

「はっ!?バカって…!お前先輩に向かって!!」

「残念ながらもうバレてるけど。偉そうにしとかねーと俺みたいな後輩にまで見下されるもんな?」

「べ、っ…べつに、俺は…!」


『そんなつもりはない』と否定したかったけど、矢田に言われたことは多分図星で、言葉が詰まってしまった。


昔から頭も運動神経もそこまで良くは無く、必死に勉強してようやく中間地点に居れるようなタイプだった。

だから元から才能に溢れた人は苦手で、自分よりバカで未熟な人間を見下しては安心していた。

逆に見下されるのは嫌だったから、人から見下されないようにいつも堂々とした態度を取っていた。


けれど矢田の一言で、俺の全てを見透かされた気分になり、俺はもう何も言えなくなった。


「普通にしてたらこっちだって何も言わねえのに、お前ろくに仕事できねーくせに態度だけは一丁前なんだもん、それバカにしてくださいって言ってるようなもんだろ。」


俺は矢田にハッ、と鼻で笑われて、正に今見下され、バカにされていた。


むかつく…、顔も頭も良くて、生まれ持ったその才能が羨ましい。いくら俺より歳下でも矢田には何も言い返せない。

でも俺はそんなことを考えながらも、頭の中では先程のファーストフード店での光景を思い返していた。

生まれ持った才能、とは言ったけど、俺がゲームをしようとしていた時間、矢田は課題をすることに集中していた。

今までも俺が誰かに対して“生まれ持った才能”と思っていたものが、実はそれが“努力の賜物”だったということを俺が知るはずも無い。

俺が頑張っても精々平均値くらいまでしかいけなかったのは、俺がそれくらいの努力しかしてこなかったからだ。

悔しいけど、矢田が俺を見下してきたことが、自分でも納得できてしまった。


「……分かった。」

「は?何が?」

「……気を付ける。」

「だから何を?」

「……態度。」

「おお、分かった?」


俺が頷いた瞬間、矢田の表情は今までの憎たらしい笑い方ではなく、普通の笑みに変わった。


自分が情けなくて俯きがちになっていたら、俺の頭を矢田がガシッと鷲掴んでくる。

その頭をぐりんぐりんと回されて、「そんじゃ、もうちょっと謙虚に頼んますよ、せーんぱい。」とやっぱり俺をバカにするような態度を取った後、矢田はさっさと背を向け立ち去っていく。


…いや、やっぱりダメだ、いくら矢田が賢くて、仕事ができても、歳下にあんな態度を取られるのはムカつく。


これは俺の態度が悪いのではなく、あいつの性格にだって問題があるんじゃねえのか?と、不服に思うものの、それでも俺はもう矢田には逆らえないのだった。


西はりとに逆らえない おわり

2022.03.04〜04/05
拍手ありがとうございました!

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