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俺のバイト先の同じ部署で働くバイトの後輩、矢田りとは、高校時代に俺が通っていた高校での人気者、顔良し、頭良し、運動神経良しの三拍子が揃った矢田くんの弟であった。

俺、西俊樹はそれを知ってからと言うもの、生意気で気に食わなかったバイトの後輩を『矢田』と気安く呼ぶことができなくなってしまった。

矢田りと自身も顔が良く、さらに頭まで良くてバイト先では俺よりテキパキ仕事をこなし、どうしても矢田くんの存在が頭にちらついてしまうからだ。


「矢田くんいつも休みの日何してるの〜?」

「家で寝てます。」

「え〜!友達と遊びに行ったりしないの?」

「めんどいんであんまり。」

「意外〜!インドア派なんだね〜!」


明らかに俺と話している時の態度とは違い、デレデレにこにこしながら矢田に接する職場の上司や先輩。暇があれば矢田に私生活や学校の話を聞いたりしていていつも矢田に興味津々だ。


「あ…、西くんは休みの時何してるの?」

「はい?俺も家で寝てますけど。」

「あ〜…そうなんだね〜。」


興味無いくせに社交辞令のように俺にまで質問されて気分が悪くなった。本当は部屋に籠って廃人のようにゲームしてるけどイメージ悪そうだから言うのはやめた。


「おい西〜、俺の趣味パクんなよ。」


会話が終わったと思ったら、ニヤニヤと生意気なイケメン顔でそんな憎たらしいことを言ってくる矢田。『家で寝てる』にパクるもくそもねえだろ!?とすぐに何か言い返したかったが、口を開く前に矢田はふらりと立ち去ってしまった。

む、むかつく…!俺より歳下で、後輩のくせに先輩をおちょくるなんて…!まるで弱い者いじめだ!俺が矢田くんの弟に何も言い返せないのを分かっててあんな生意気な態度を取ってるんだ!

そんなふうに、いつも悔しい思いをしながら俺はバイト時間を過ごしていた。



平日の16時過ぎ、大学の講義が終わった後、大学からバイト先へ電車で向かうが、18時出勤のためまだ少し時間がある。

ちょっと腹ごしらえしておこうとバイト先の近くのファーストフード店に立ち寄り、注文カウンターで期間限定のバーガーのセットを頼んだ。

入り口付近の空席に腰掛け、バーガーの包み紙を捲る前にスマホのゲーム画面を開けてテーブルの上に置く。

スマホ画面にオープニングが流れている間にバーガーの包み紙を捲っていたら、なんとなく背後には人が立っている気配を感じた。

しかしまさか自分の真後ろに立たれているとは思っていなかった。

バーガーを持っている手とは逆の手でスマホを操作していると、背後から「りとくん?」と誰かが名前を呼ばれている声が聞こえてくる。

ん…?『りとくん』………?

その名前にハッとして振り向いたら、まさかの俺の真後ろに矢田が立っていた。


「うわあっ!!!び、…びっくりした!!何勝手に人のスマホ覗いてんだよ!!」

「クククッ…わりぃわりぃ。なんか知ってる人居たからつい。えらく可愛らしいゲームやってんな。」


矢田の発言に、俺はすぐゲーム画面を消したが、多分俺のスマホ画面にはデカデカと二次元の女キャラが表示されていたところだろう、最悪なところを見られてしまった。


「いいだろ別に!!!」


見られたくなかったゲーム画面を勝手に見られてカッと顔が熱くなり、ムキになって言い返したが矢田はニタニタと笑いながらカウンターの方へ友達らしき人と話しながら去って行った。


「知ってる人?」

「バイト先の人。」


え、もしかしてあの人は、一学年下の生徒会長をやっていた古澤くんでは………

矢田の友達らしき人物がまさかの古澤くんで、俺は一人唖然とした。


それからすぐ後、俺が座っていた席の隣のテーブルが空席になったから嫌な予感がした。


カタッとテーブルにおぼんを置く音が聞こえて隣のテーブルを見れば、矢田が「ハ〜」と息を吐きながらドカッと偉そうな態度で奥のソファー席に座ってしまった。隣のテーブルには来ないでくれよ!と思ったが現在空席はそこしか無く、俺に対しての嫌がらせかと思った。せっかくのバイトまでの時間をゆっくり休めないだろ!


「あのハゲ教授、毎回毎回クソだるい課題出してきすぎだろ。」

「うん、あの教授評判良くないみたい。矢田先輩も去年選択して失敗したって仁くんに愚痴ってたみたいだよ。」

「まじかよ、兄貴に先聞いとけば良かった。」


隣のテーブルに座った矢田は、勢い良くガブガブとバーガーを食べながらひたすら大学の講義の文句を言っている。

俺になんてまったく目も向けてくることなく、バーガーとポテトをえらく早食いで食べ終えたと思ったら、おぼんをさっさとゴミ箱へ持っていき、ジュースだけを残した状態で矢田は鞄の中からノートパソコンと参考書のような本を取り出した。

のんびりとジュースを啜っていた古澤くんにその本を渡し、「蛍光ペン引いたとこ探すの手伝って」とかなんとか言って古澤くんに指図している。

そしてカタカタとキーボードを叩き始めた矢田は、度々古澤くんによく分からない講義内容の問いかけをし、それに答える古澤くん。

もう二人のその雰囲気から頭の良さを感じて、俺はなんとなく敗北感を味わってしまい、ゲームしている気分ではなくなって無意味にスマホをいじってるだけのよく分からない時間を過ごした。


俺の中では多分矢田のことを、その見た目とか雰囲気だけでちょっと頭が良いだけでイキってる奴、みたいなイメージを持っていたのに、俺はまんまと矢田が大学の課題に励む姿を見せられてそのイメージを払拭させられてしまった。


矢田と古澤くんの二人を見ていると、まるで高校時代の“生徒会”を見ているような気分になってしまったのだった。


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