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「りと〜、今からパン焼くけどお前も食うか〜?」
朝、何故か俺は拓也ちゃんの声が聞こえてきて目を覚ました。
「ん?りと?ぼけっとしてどうした?」
「…りと?」
何故か拓也ちゃんが俺の方を見て『りと』と呼んでいる状況に、俺がまさかのりとくんになっている夢を見ているのだと思い、「うわぁ、なにこれリアル〜。」と呟いた。
「は?」
「めっちゃおもろいんだけど。」
「なにがだよ。パンは食うの?食わねえの?」
「食う〜!」
「…なんだよ今日は。朝からやたらテンション高いな。」
「これって明晰夢ってやつじゃね?俺今クソおもろい夢見てる!」
「意味わかんねーから。寝ぼけてねーでさっさと顔洗ってこい。」
拓也ちゃんは呆れた表情を浮かべながら俺に背を向け、台所のある部屋へ去っていった。
俺は身体を起こして洗面所へ行くと、鏡にすごい寝癖にも関わらずイケメンなりとくんの姿が映る。
「寝起きもやっぱイケメンだなー。」
俺はここぞとばかりに夢を楽しむために、普段はりとくんがしないような変顔をしたりして遊んでみる。
「ぶはは、りとくん変顔もイケメン。」
「りとー!!パン焼けたぞー!!」
「はぁ〜い、サンキュー拓也ちゃん。」
お礼を言いながら拓也ちゃんの元へ行くと、「はぁ?りと今日まじでどうした?」と不審者でも見るような目で俺を見る拓也ちゃん。
「えへへー。」
楽しい夢にへらへらしながら笑っていた時、部屋の中に『ピンポーン』とインターホンを鳴らされる音がした。
「は?誰だこんな朝っぱらから。」
拓也ちゃんが玄関の扉を開けに行くと、その後「矢田?朝からどうした?」と話し声が聞こえてきた。
「ん?るい?」
るいが来たのか?と玄関に顔を出すと、るいはまじまじと俺のことを見つめてくる。
「も、…もしかして中に航入ってる…?」
夢の中で見たるいは、何故か青ざめた顔をしていた。
「うん、そうそう俺。りとくんの中に入ってる夢見てるみたい。」
俺はへらへらと笑いながらそう言うが、るいは青ざめた顔をしながら「わ、わた、わたる…」と俺の方へ歩み寄ってきて、恐る恐る俺の身体に手を伸ばし、抱き締めようとしてきた。
「や、やめろよ兄貴きもちわりぃな!!!それ俺の身体だろ!!!!!」
「でっでもっ…!中に航くんが…!」
「でももクソもねー!!!俺の身体に触んじゃねー!!!ぅわはあぁ〜ん!!!」
何故か、俺の目の前で俺の姿をした俺が、号泣しながら俺からるいを遠ざけようとしている。
わけのわからない状況の夢を見ている俺だが、一番わけわからなさそうな拓也ちゃんがるいや俺の姿を見ながらオロオロしている。
「…えっと、なにこれ…」
「航くぅん戻ってきてぇ…」
「だから俺に触んじゃねえよ…!!!」
そう言いながら俺が俺に向かってとっしんしてきた。
「うわっ!!!!!」
ドンッ!と俺の身体が俺によって突き飛ばされ、俺は俺の下敷きになる。
……かと思いきや、目を開ければ俺がりとくんを下敷きにしていた。
「う…ッ、いってえ…、……あっ!…えっ!?あっ戻ったんじゃね!?」
俺の目の前では何故かりとくんが、満面の笑みを浮かべて自分の手足を見ながら何故かすげー喜んでいる。
「え?なにどゆこと?」
「…うぅ、航…」
「るい?お前なに泣いてんだよ。」
大喜びのりとくんと、ぼろぼろと涙を流して泣いてるるい。意味不明な状況に、るいの涙を指で拭いながらるいの顔を覗き込むと、るいはそんな俺をジーと見つめたあと、「わたるー!!!!!」と俺の名を叫んで盛大に抱き締めてきた。
「いやぁなんかよくわかんねえけど良かった良かった。一生航のままだったらどうしようかと思った。」
「…え、どっからどこまでが夢?今は夢?」
夢か現実かわからなさすぎてベタベタとるいの顔を触る。現実かどうか確かめるためにるいの唇にチュッとキスをすると、ちゃんと柔らかい感触がする。
るいはそんな俺の行動に、やたら嬉しそうにしながら俺を見つめる。
「うぅ…よかったぁ、航が戻ってきたぁ…。
チッ…クソりと、お前あとで覚えてろよ…。」
るいは涙目で俺の身体を抱きしめながら、りとくんのことを睨みつけた。
「中学の頃いきなり無くなった俺の靴は、やっぱお前の仕業だったか。」
「…ゲ、やっべ。」
「お前は昔から悪さばっかして、俺にまだまだ隠してること絶対あるだろ!りとの貯金箱はどこだ!こりゃ罰金が必要だな!!!」
「うわあ!!!やめろ兄貴!!!!!」
いきなり俺の目の前で喧嘩を始める矢田兄弟。
そんな二人を俺と拓也ちゃんは、ポカンと口を開け、間抜け面で眺めていた。
「おい、何事なんだこれは…?」
「ちょっと俺もよくわからん。」
今この瞬間も、もしかしたらまだ夢を見ているのか?と、俺は暫く混乱したまま矢田兄弟の喧嘩を拓也ちゃんと眺め続けた。
朝起きたら航になった おわり
2021.06.29〜08.02
拍手ありがとうございました!
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