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朝、まだまだ眠たさが残った頭でぼんやりしながら吊革に掴まり電車に乗っていた時、
「…あれ?もしかしてお前……友岡?」
隣に立っていたサラリーマンらしき男に声をかけられた。いや、誰。
きっちりとスーツを着こなし、髪もバッチリ整えられている男前な顔立ちをしたお兄さんにいきなり話しかけられて、俺の頭は一気に覚醒するかのように目をぱちりと開けてお兄さんをガン見する。
いや、まじで誰。俺こんな人知らねえぞ。
「…あ…えっと…、忘れられてる…?俺、北条 謙信(ほうじょう けんしん)!」
「ほうじょう けんしん……?」
え、ますますわからん…。
つーか武将みたいな名前だな。高校ん時鬼勉したとき必死で覚えた歴史上の人物みたい。
「…あ、すんません…。俺全然覚えてなくて…。」
顔見てもフルネーム聞いてもまじで思い出せないってことは、そこまで深い関わりでもなかったのだろう。正直にそう言って謝ると、「あっ!」と何か思いついたようにお兄さんは肩にかけていたビジネスバッグの中身を漁り始めた。
そして中から取り出したのは、黄色いグミの入った袋だった。
「ほら、やるよ。お前好きだっただろ?」
そう言いながら、俺にグミの袋を差し出してくれたお兄さんのこの行動には、少し覚えがあった。
俺はハッとしてもう一度お兄さんの顔をまじまじと見る。するとお兄さんはクスリと笑って、「久しぶりだな〜」と言ってひらひらと俺に手を振った。
「…風紀委員のおっちゃん?」
俺が高1の時、会う度に俺にグミをくれていた当時風紀委員長だった人だ。
俺は思い出したことを口にすると、ガクッとわざとらしく身体のバランスを崩し、ジトリとした目で俺を見る。
「あのさぁ…おっちゃんは本気でやめてくれよ。俺お前より2歳上なだけだぞ?」
「や、だってあの時まじで職員の人だと思って。うわー久しぶりだなぁ。なにしてんの?」
「俺?就活。お前は?」
「今から大学行くところ。」
うわ、サラリーマンかと思ったら就活生かよ。
もう立派な社会人かと思ったぜ。
「へぇ、なんか感慨深いな。ちゃんと卒業できたんだ?」
「卒業できたどころじゃねえよ、俺あれからクソ真面目になって勉強頑張ったからな。」
「え〜?まじで?嘘っぽいな〜。」
おっちゃんは俺の言葉を信じていないかのようにそう言って、クスクス楽しそうに笑った。
「あー、もう降りねーと。そうだ、今度飯でも行こうぜ。」
電車内に停車駅のアナウンスが流れ、おっちゃんは俺を懐かしむような目で見ながら、スマホをポケットから出してきた。
連絡先教えてってことかな。と俺もスマホを取り出し、サッとライン交換する。
「また今度ゆっくり喋ろうぜ。」
その後電車が駅に到着すると、おっちゃんはスマホを持った手を振りながら、爽やかに電車を降りて行った。
俺の記憶に残ってるおっちゃんの姿はその時からすでに大人っぽい感じだったけど、髭も綺麗に剃ってあるし髪も就活用にかっこよくセットされてて、さらにビシッとスーツを着ているもんだから、余計に大人っぽく見えて、俺はほけーとアホ面でかっこいい大人の男に成長したおっちゃんの姿が見えなくなるまで眺め続けた。
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