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「矢田くんかっこいいよぉ…!」
「やばいねっ!写真撮っていいかなっ」
現在行われている球技大会バスケットボール決勝戦の試合で、ボールを手にしてダンダン、とドリブルし、軽やかにレイアップシュートを決める男に、周囲からは主に女子たちの歓声が上がった。
『ピーッ』とホイッスルが鳴り、試合終了と同時に、「よっしゃ〜、お前俺に飯奢り決定な〜。」と対戦相手だった生徒に憎たらしい笑みを向ける矢田 りとに、対戦相手だった生徒は「クッソー!」と悔しそうに唇を噛み締める。
いくら自分がバスケ部員だからって、こいつに勝負挑むんじゃなかった…
と、りとに勝負を挑んだことに後悔した、りとの友人のバスケ部員である。
決勝戦を見事勝利したりとのクラスは、優勝であるが。りとの喜ぶポイントは、“飯奢ってもらえる”…という点だ。
運動でも、勉強でも、そしてゲームでも、物が懸かっていたら必ず勝ちに来るりとに、勝負を挑んではならないと、ようやく気付き始めたりとの友人たちであった。
「この後打ち上げな〜カラオケ行くぞー!りとお前は絶対来いよ!」
クラスの仕切り役が、りとに大声でそう言った瞬間、女子の目付きがギラギラと光った。
流れてくる汗をうざったそうに拭いながら、「俺今金欠ー。」と告げるりとに、「言うと思った…」とガックリする友人たち。
「お前が来ねーと女子の集まり悪いから絶対来いよ!」
「じゃあお前カラオケ代奢って?」
「…言うと思った…。」
まじこいつ性格悪過ぎる…
顔良いのも頭良いのも運動神経良いのもクソ腹立つ…
でも、こいつと仲良くしとかねーと高校生活終わってんだよなぁ…とか考えてる自分が一番腹立つ…
にこにこと笑っているその顔には、『奢ってくれないと行かない』というりとの感情がひしひしと伝わってくる。
「…ああもう。お前人に奢らせすぎ。」
だんだんムカついてきて、りとにちょっと素っ気ない態度を取ってみる……が。
「お前らが来い来い言うからだろ。」
逆に不機嫌そうな顔で言い返されてしまい、うっ…と次の言葉に詰まらされた。
そうしているうちに、りとはさっさと帰ろうとしている。
「えー!矢田くん帰るの?」
「打ち上げ行こうよ!」
女子に呼び止められるが、りとは「だって金ねーもん。」と言ってまたさっさと帰ろうとする。
「じゃああたしが奢ってあげるー!」
「あ!あたしも!だから矢田くんも行こ!?」
いやいや女子に奢らせるとか…!
と思ったりとの友人は、「ああもう俺が奢るからお前も来い!」とりとの腕を引っ張り、帰ろうとするりとを阻止したのだった。
「思ったんだけどお前年がら年中金欠じゃね?」
「年がら年中お前らが遊びに誘ってくるからじゃね?」
……りとの友人は、またりとの返答に言葉を詰まらされたのだった。
「…人気者うぜー…」
いつの間にかクラスの打ち上げに参加する者たちの中心部にいたりとの姿に、りとの友人はひっそりと舌打ちした。
「え、てか思ったんだけど年がら年中りとを誘ってるわりには、年がら年中りとに奢らされてるから、結局は金欠っていうの嘘なんじゃねえの…!?!?」
………その通りである。
りとは、友人の叫びを聞き、にこにこと微笑んだ。
「…矢田くんかっこいいよぉ…。」
女子たちは、りとの近くのポジションをキープすることに必死である。
今日、この球技大会打ち上げをチャンスに、何人の女子が、りとに告白するだろう。
「…矢田くんって好きな人いるの…?」
せめて、それだけでも聞いてから告白したい。
少しでも矢田くんのことを知りたい…
勇気を振り絞って、クラスメイトの女子がりとに問いかけると、りとは暫し黙り込み、そして、ポツリと答えた。
「………いる。」
そのりとの返答に、勿論驚いて聞き返す。
「えっ……誰!?」
「さあ。」
『いる。』とは答えたものの、それだけ言ってりとはもう何も話したがらず、スマホをいじり始めてしまった。
「えぇ!?嘘!?矢田くん好きな人いるんだって…!」
「えっ誰!?」
そんな話を聞いてしまったら、もしかして自分だったらどうしよう、と淡い期待を抱いてしまうではないか。
特にりととよく連むことが多い女友達は、「りとに好きな人とか初耳なんだけど!」と告白されることを期待して、そんな話題をりとにふっかける。
しかしりとは、なにも言わずにそっぽ向いてしまった。
そんな態度を取られたら、ますます期待してしまうじゃない!!!
この日から、淡い期待を抱きまくる女子たちの、矢田 りと好きな人探りが始まった。
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