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僕はあの男に囚われてからというもの、えらく無駄な時間を送ってしまった。そもそも僕はどうしてあの男のことがそんなによかったんだろう。
今となってはわからない。
あんなフニャチン野郎、なんの価値もない。
あんな男、こっちから願い下げ。
それよりももっと、僕にふさわしい人がいるはず。
3年Sクラス有坂は、まるで今までのことが全て無かったかのように切り替えが早く、前向きだ。
今日もポケットから取り出した手鏡で自分の顔を覗き込み、満足そうにしながらリップクリームを塗っている。
そんな最中、有坂が持つ手鏡に、あるものが映り込んだ。
それは、手鏡で自分を眺めながらリップクリームを塗る有坂を、ドン引きしながら見る秀の姿だ。
その秀の姿に気付いた有坂は、ハッとしながら振り返る。
「松村、今僕のこと見てたよね?」
「…は?…いや、見てねえよ…。」
「嘘、見てたよね。僕気付いちゃった。」
「…え。」
ドン引きの秀など気付きもせず、有坂の頭では自分に都合良く変換される。
松村はひょっとして、僕のことが好きなのかも、と。
それから数秒間、有坂は秀をまじまじと見つめる。
「……よく見たら、やっぱ、松村ってイケメンだよね。」
「……え、…いや、…そうでもねえよ…。」
秀の口元がヒクヒクと痙攣する。
なんか、嫌な予感がする。口元が引き攣る。
「どうして僕、気付かなかったんだろう。こんなに近くにいい男が転がっていたのに!」
有坂は希望に満ち溢れたような笑みを秀に向けるが、それとは真逆にどんどん焦り始める秀は、キョロキョロと目を動かして悠馬の姿を探す。
「ねぇ松村、僕たち付き合わない?」
突如有坂からかけられた言葉に、秀はとんだ尻軽野郎だな、と焦りながらも呆れてなにも言葉は出てこない。
そして、自分の視界に映り込んだ悠馬の姿に、秀は勢い良くその手を引いて自分の胸元へ引き寄せた。
「ごめん!俺悠馬と付き合ってるから!」
「へ!?」
突然のことに悠馬は素っ頓狂な声を出す。
「悠馬頼むっ簡単なお仕事…!」
状況が読めない中でも頭の良い悠馬は、小声で必死になって伝えてきた秀のその言葉を聞いてすぐさま態度を切り替えた。
「なに有坂、隆にフラれたからってもう秀を狙ってるわけ?残念でした、秀は俺の彼氏です。」
悠馬はそう言いながら、躊躇いもなく秀の唇にキスをした。
そんな二人を見た瞬間、スッと冷めた表情になる有坂。
「…はぁ。お前らも?うっざぁー…。」
その後、もう興味はありません、というように有坂は二人から目を逸らす。
有坂の興味が自分から失せて、安心するようにホッと息を吐く秀だが、その隣で悠馬はにこにこと笑いながら「で?」と秀に問いかけた。
「簡単なお仕事、いつまですればいい?」
悠馬の問いかけに、秀は困ったようにぽりぽりと頬を掻く。
「……いつまででも、いいかな。」
恥ずかしそうにやや頬を赤く染めている秀を見て、悠馬はクスリと笑う。
「ま、こんな関係からはじめてみてもいいかもな。」
と、そう呟く悠馬の頭の中には、恋人のフリから始めた後輩たちの姿が浮かぶ。
今ではすっかり恋人同士な、仲のいい二人に影響されて、悠馬自身、自分の恋に積極的になれてきた。
「俺は、秀の頼みならなんでもできる。もっと頼ってほしいって思う。俺、秀のことが好きなんだ。」
穏やかな表情で告げられた悠馬の気持ちに、秀はより一層頬を赤く染めて、コクリと頷いた。
好きな人のためなら、
なんだって簡単にできるから。
簡 単 な お 仕 事
お わ り !
2016/10/ 公開 − 2020/01/03 完結
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