神様のボート : 江國香織
神様のボート[著者;江國香織/新潮文庫]
1999/7 刊行
2002/7/1 発行

 あたしが発生したとき、あたしのママとパパは地中海のなんとかいう島の、リゾートコテッジにいたのだそうだ。晴れた、風のない日で、二人はプールサイドで本を読んでいた。ママの読んでいたのは厚ぼったい推理小説で、パパのは短編集だった。一つ読みおわるごとに話しかけるのでうるさくて困った、と、ママは言う。
 ママはシシリアンキスというカクテルをのんでいた。カクテルをつくるのはパパの役目で、パパのつくるシシリアンキスは「倒れそうに甘くて病みつきになる味」だったそうだ。グラスの液体はとろりとした琥珀色で、「午後の戸外の飲み物として、あんなに幸福なものはない」らしい。氷が日ざしをうけてみずみずときらめくのだそうだ。そうやって本を読みながら、パパはママの首すじに何度も唇をおしあてた。そのたびにそこが溶けそうになるくらい熱い唇だったとママは言う。あの人の唇はいつだってそうだった、とも。

[9項 1行-11行]

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