「んっと……こうか」

ナツが空中で手を入れ替えた。ややバランスを崩しながらも、放たれたボールはバックボードに当たる。
しかし跳ね返って、リングから落ちた。

「よっ」

リバウンドを片手で難なく確保して、ナツは振り返った。

「いまいちだな」
「へたくそ」
「んだと!?」

ナツがボールを振りかぶる。グレイの顔目掛けて投げられたそれは、ばしん、と小気味良い音を立てて彼の手に収まった。

「こうだろ」

ボールを持ったグレイが姿勢を低くした。キュキュ、と高い音を鳴らしてナツに突っ込んでいく。

「へっ、抜かせるかよ!」

立ち塞がるナツは彼よりも背が低い。そのため上を警戒していたか、足の動きが不自然だった。体重の移動が、一瞬の隙を作る。
グレイはやけにはっきりと残像をその場に残して、ナツと交差した。柔らかな動作で、ボールが右手から左手に移る。
かこ、とゴールリングに当たったボールは、くるりと縁を辿ってネット内に落ちた。

「すごっ……ん?」

称賛に開きかけた口を、ルーシィは閉じた。ナツがだん、と足を踏み込む。

「反則だろ!」
「…そうね、間違いなく」

残像に思えたそれはグレイが着ていたTシャツだった。なんのことはない、彼お得意の脱衣で翻弄されたに過ぎない。
もっとも、それが出来ること自体は感嘆すべきところなのかもしれない。グレイは自分が脱いだことに気付いていなかったのか、一瞬ぎょっとした顔をした。しかし開き直ったように胸を張る。

「忍法変わり身の術だ」
「忍法か……じゃあ仕方ねえな」
「何がよ!?」

肌面積が大きくなったグレイから目を逸らして、ルーシィは額に手を当てた。

「ねえレビィちゃ……」

試合中にユニフォームを脱ぐのはファウルになるのかどうか――訊こうとして、言葉を失った。
レビィの頬が、ピンク色に染まっている。
彼女はガジルにボールを投げ渡して、彼の動作を見守っていた。ぱしゅ、とリングが揺れないほどど真ん中に決まったシュートに、ぱちぱちと拍手する。

「やっぱり右からの方が成功率高くなるんだよ」
「おう、お前の分析すげえな」

ボールを拾って戻ってきたガジルがレビィの頭をぺしぺしと――お世辞にも撫でるとは言えないような態度で――叩く。身長差のある彼を見上げた彼女は、その横柄さには勿体無いほどの笑顔を見せた。

「見てればわかるって」
「そうか……よっ」

ガジルは今度はスリーポイントラインからシュートを打った。やや長めの滞空時間を経て、ネットが揺れる。
レビィは次のボールをガジルに投げた。

「はい!」
「おう」

(良かったね、レビィちゃん)

かなり良い雰囲気に思える。「レビィ、オレらにもボール…」とジェットとドロイが揃って涙目になっているのは気にかかるが、ルーシィは強引に見なかったことにした。

「ルーシィ!ぼーっとしてるとボールぶつかるぞ!」
「へ…って、それはぶつけるって言うと思うの!」

今にも投げつけようと構えるナツに、慌てて向き直る。彼は「と、見せかけて!」と身体を反転させて、グレイにボールを放った。
お見通しだと言わんばかりに受け止めて、グレイは壁の時計を見上げた。

「そろそろ帰るわ」
「え?」
「今日、バイトなんだよ」

ぽん、とボールがルーシィの元にやってくる。グレイはガジル達にも帰宅を告げて、ハッピーとリリーの横に座った。足を曲げて、ストレッチを始める。

「そっか……そういやバイトの日か」

ナツが腰に手を当てた。グレイからルーシィに視線を移して、声を落とす。

「どうする?」
「え?何を?」
「帰るか?」
「ううん。なんで?」

意図が読めず、ルーシィは首を傾げた。グレイのバイトと、どう関係するのかわからない。
ナツは少し驚いたように目を見開いただけだった。

「ん?なん……あっ」

ひゅ、とナツの右手が動いたと思ったときには、抱えていたボールを上から叩かれていた。バウンドしたそれを、彼はドリブルしながら持ち去る。

「へへ」

挑発するように振り返ったナツは、また猫のように目を細めて笑っていた。楽しそうで嬉しそうで、可愛くて。こっちの心まで無理やり浮き立たせるような、その笑顔。
ルーシィは追いかけながら、口を開いた。

「ね、ずっと――……っ!?」
「ずっと?」
「あっ、ううんっ!なんでも…ない」

喉元まで出かかったのは、『ずっとこうして過ごせたら良いね』――普通の――異性のクラスメイトに対して言う言葉ではない。

(あたし……?)

ふいに、自分の中に何かが見えた。

それは光のようであって道のようでもあった。温かくて綺麗で、ルーシィにはとても大切な物に思えた。
今初めて見るものではない。それはきっと、以前からそこにあった。それにただ、彼女は気が付いただけだった。

胸がぐ、と熱くなる。きゅぅ、と絞られたような痛みが走る。心臓が駆け抜ける。
その正体も、その名前も。ルーシィは知らないが『わかって』いる。

(あ)

そこに、ナツの瞳が重なった。






落ちるのではなく、落ちていたことに気付く。


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