洗ったばかりのナツのブレザーを自分の制服と並べて、ルーシィは目を細めた。

「こうして見ると、結構大きさ違うのね」

ナツはあまり大柄な方ではない。それなのに、肩幅も身丈も、ルーシィの物とは一回りも違っていた。
ぶかぶかなはずだわ、とごちて、その片袖を持ち上げてみる。握手するように上下に振ってから、ルーシィはくすりと笑った。

「男の子ね」

壁に掛けたその肩の位置は、ナツよりも高い。ルーシィはハンガーを下ろして、このくらいかな、と思う高さに調整した。自由な右手で、襟をなぞり――少し、ずらす。
時々マフラーに隠れて見えなくなるその向こうに、いつもナツの心臓があるはずだった。

「……」

石鹸の香りに引き寄せられるように、ルーシィは中身のないブレザーを抱き締めた。ハンガーが肩の上に乗る。

「ルーシィー、居るかー?」
「わ、わわわ!?」

がたん、とそれを取り落として、ルーシィは声の出どころを振り向いた。ほとんど間を置かず、カーテンが揺れる。

「制服返してくれよ」
「だからっ…メールしなさいよ」

声を落とすと、ナツが首を振った。

「エルザ、居ねえよ」
「あ、そう…」

ととと、と足元をハッピーがベッドに向かって走っていく。当たり前のように鎮座するその姿に溜め息をくれて、ルーシィは落としたブレザーを拾い上げた。

「まだ濡れてるけど……関係ないわよね」
「あ?またやられたのか?」
「違うわよ、洗濯したの」
「え!?」

ナツの声が跳ねた。呆然とする彼に、心配になる。

「洗濯したらまずかった?耐性無くなるとか?」
「あ、いあ……そうじゃねえよ。さんきゅな」

ナツはルーシィからブレザーを受け取ると、迷うことなく顔を埋めた。

「なっ、何してんの?」
「ふほひはふふぃん」
「匂い確認、と言ってます」

ハッピーがぺろりと前足を舐めた。

「ナツは鼻が良いから、香料の強い洗剤はダメなんだ」
「あ、そっか。ごめん、大丈夫?」

ナツは顔を上げて、ブレザーを見つめた。

「なんかルーシィの匂いする」
「え」
「洗濯っつーから、消えたと思ったのに」

彼らが来る前の、自分の行動を思い出す。
ナツは問いかけるように視線を向けてきた。

「っ…!」

心臓が破裂しそうになる。
顔の熱さを自覚したと同時に、ナツの眉間に皺が寄った。

「風邪引いたか?」
「え……あ、ううん」
「びしょびしょだったもんね、ルーシィ」

ハッピーが心配そうな顔で、彼女の目線まで飛んでくる。
ルーシィは慌てて手を振った。

「だ、大丈夫!」
「ホントかよ。顔、赤ぇぞ」

ひょい、と無造作に、後頭部がナツの手に包まれる。軽く引き寄せられて、ルーシィは息を詰めた。

(こっ、これって!)

目を閉じることも出来ず、それを待ち構える。
焦点が合わなくなるほどの距離で――ナツはぴたりと止まった。

「?」

近付いてきたときと同じ速度で離れたかと思うと、間を置かず、ごちん、と額が音を立てる。ぶつかってきたのは、ナツではなくハッピーだった。

「あぎゅ?」
「ちょっ……、なにすんのよ!?」

片手でハッピーを押し付けておきながら、ナツは目を合わせようとしない。彼女のリアクションよりも重要だとでも言うかのように、猫に結果を訊いた。

「ハッピー、どうだ?」
「あい、大丈夫だと思うよ」
「そうか」
「自分で測りなさっ…あ、なんでもない」
「…んん?」
「なんでもないってば!」

溶けて消えてしまいたい。
ナツのことを、異性として見ているわけではない。そんなはずはない。
さっきの行動といい――どうかしている。

ナツがぽつりと呟いた。

「なんだこれ」
「え?なんか言った?」
「いあ」

ぽりぽりと頭を掻いた彼は、マフラーに口元を埋めてそっぽを向いた。






答えは心の中の箱に入っている。開けることを知らなきゃ見付けられない。


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