彼は怪訝そうに首を傾げた。

「いあ、着れ……ないことはねえかもしんねえけど」
「着ろって言ってんじゃないわよ。そうじゃなくて、火、お願い」

すっかり乾いたパーカー姿の彼は、合点がいったようにぽん、と手を打った。ルーシィのブレザーを掴むと、手のひらの上で赤い帯を揺らめかせ、それに翳してくれる。

「ありがと」
「おう……お前はもう良いのか?」
「まあ、とりあえず」

シャツは濡れているが、温かいブレザーのおかげか勝手に乾いていきそうだ。
前髪を軽く撫でつけながら、ルーシィはひと段落した心地で辺りを見回した。自転車の生徒達が、グレイとジュビアを不思議そうにちらちらと見ながら走っていく。

「おい、放せよ!」
「ジュビアがグレイ様の目になります!」
「いらねえよ!つか、首!首が逆に曲がるっ!」

恍惚とした表情のジュビアが、びしりと固まった。ばばっ、と手を離したかと思うと、頬を両手で覆ってもじもじし始める。

「ぐ、グレイ様……こんな往来で、そんな」
「あ?」
「グレイ、服」
「おあっ」

ハッピーの指摘に、グレイが脱ぎ捨てたブレザーとシャツを慌てて拾い上げた。ジュビアは目をハートマークにして、くねくねと身悶えしている。
ルーシィは背を向けて、他人のフリ、と自身に言い聞かせた。ハッピーが注意を引くように、足元を撫でてくる。

「スカートも濡れてるよ」
「あ、ホント」

ブレザーほどではないが、少なからず湿っている。この程度なら放っておいても乾くだろうが、ルーシィはぱたぱたと裾を動かした。

「ねえ、ナツ。こっちも乾かして……ナツ?」
「へっ?」

今初めて焦点が合ったように、彼はびくりと肩を跳ねさせた。その拍子に、ぼぼっ、とブレザーに炎が移る。

「あ」
「わ、ちょっと!?あたしの制服!」

どんな火力だったのか、瞬く間にそれは跡形もなく消え去った。掴んだ手の形もそのままに、ナツが明後日の方向を向く。

「あー……良い天気だな」
「曇ってるわよ!」
「いてっ!?」

げし、と踵を彼の腹に蹴り入れる。大袈裟に呻くナツの前に、ルーシィは仁王立ちした。

「いあ、その……悪い」
「もう良い、これ着てる」
「えー、オレの…」
「明日返すわよ」

寮に帰れば予備の制服がある。
長い袖から指先だけ出して、ルーシィは鞄と傘を拾った。そろそろ、走らねば間に合わない時間になってくる。

「グレイ、…ジュビア。もう行かないと」
「グレイ様!ジュビア、鞄持ちます!新妻のように!」
「いい」
「なんか落ち着かねえなあ……」

ナツはパーカーを引っ張ると、諦めたように溜め息を吐いて前髪を握り締めた。放したときには、もういつもの彼が居る。
落ち着かないのはこっちも一緒だ、とルーシィは自分の格好を見下ろした。ブレザーの裾が長いせいで、スカートが短く見える。
思った以上に、大きい。ナツの抜け殻は、彼が男であることをしっかりと示していた。
どきりと心臓が胸を叩く。所在無げな手をポケットに這わせると、そこに熱い何かが入っていることに気付いた。

「これ、スマートフォン?大丈夫なの?熱いけど」
「残念でしたー、耐火加工済みですぅ」
「いや、全然残念じゃないんだけど」
「ノリ悪いぞ」
「ダメ出し!?」

取り出そうとポケットに手を突っ込む――前に、ナツの手がそこに入ってきた。

「わ!?ちょ、ちょっと、いきなり何よ!」
「だってお前、熱くて触れないだろ」

彼はルーシィに見せ付けるようにスマートフォンを軽く振ると、動作を確認したか、画面を一瞬だけ点けて消した。
まだ、自分が間抜けな顔をして納まっている。それにどこかほっとして、ルーシィは何もなくなったポケットを押さえた。
ナツが自分の鞄を振り上げた。

「よし、グレイ!どっちが先に着けるか勝負だ!」
「勝負になんねえよ。オレの方が早い」
「ああ!?」
「グレイ様、頑張って!」
「ナツ、行けー!」

何が合図だったのか、二人が同時に駆け出していく。

「あ、待ってよ!」

空中を悠々と飛ぶハッピーと、半分スキップを交えて走るジュビアに並んで足を速めながら。
ルーシィは今日一日、きっとずっと落ち着かないのだろう、と鞄と傘をぎゅ、と握った。

風に靡いたマフラーが、生き物のように跳ねていた。






ブレザーも良いけど学ラン着た女子も美味しい。


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