「あ、おはよ!」
前方に目立つ桜色と青色を見付けて、ルーシィは少し大きな声を出した。歩みを止めたナツが、頭に乗せたハッピーごとひょい、と振り向く。
「おう、おはよう」
「おはー。一人?レビィは?」
「先行ってもらったの。今朝はブローに手間取っちゃって……って、何身構えてんのよ」
「ボディブローとか、レバーブローとか」
「違うわよ!?」
振り上げたオレンジ色の傘が、ぱし、と押さえられる。ナツは楽しそうに笑って――顔を顰めた。
「……んだ、グレイも一緒かよ」
「え?」
視線を追って後ろを見ると、確かに三歩ほど離れてグレイが居る。
ルーシィはむぅ、と口を尖らせた。
「何よ、居たんなら声かけてよね」
「なんか変な歩き方してたからよ、観察してた」
「変!?」
「中途半端なスキップみたいなの、してたじゃねえか」
「中途半端って……」
鞄の肩紐を持つ手が、だらりと下がる。
心当たりがないこともない。確かに気分が明るくて、ふわふわしていた自覚はあった。
空は曇天――そんな天気も吹き飛ばすようなラッキーが、今朝ルーシィに起こったのだ。
グレイは軽く笑った。
「良いことでもあったのか?」
「わかるー?」
ルーシィはくるん、と回って見せた。彼と、ナツ達に向けて傘を掲げる。
「あのね、今朝、ジュースを買ったら当たりが出たの!」
「当たり?」
「ほー。で?」
「で、って?それだけよ」
「「「……」」」
二人と一匹は同じような顔をして固まった。ルーシィは慌てて、ジュースを入れた鞄を示す。
「馬鹿にしてるでしょ!?言っておくけどね、これ、滅多に当たらないんだからね!」
「そ、そうか。良かったな」
「うん!」
にこにこと応じると、苦笑したグレイの手がふわりと頭に乗せられた。そのまま二度ぽんぽんとバウンドする優しい感触に、どきりとする。
くすぐったくて、温かくて――懐かしい。
『絶対、だからな』
『うん!約束ね!』
一瞬だけ、何かを思い出せそうな気がした。
「グレイ……?」
「あ?」
黒い瞳。そこにある光は、今も昔も変わらない。
「あたし、グレイと、何か……」
手が離れていく。それをぼんやりと目で追うと、がくん、と首が動いた。
「おりゃ」
「いっ…!?痛い痛いっ!」
ぐりぐりと、頭を撫でてきたのはナツだった。いや、撫でるというより、押さえ付けて揺らす、という方が正しい。
「いーこいーこ」
「棒読みだし!?てか止めてよ!髪が!」
「抜けねえって、これくらいじゃ」
「そんな心配してない!」
ぺし、と手を振り払った瞬間、後ろに魔力の収束を感じた。
「恋敵!」
「へ?」
ざばん、と液体の塊がぶつかってきた。
「冷たっ!?」
わけがわからないまま、ルーシィは傘を開いた。斜めに差し掛けると、そこにバシャバシャと水音が弾ける。
無色透明な液体は水のようだが、雨ではない。重い手応えに眉を寄せると、するりと傘にナツが入ってきた。
「ちょっ、ちょっと!?」
肩が当たるどころか、完全に密着している。ルーシィは彼の頬を押しのけるように手を突っ張った。
「狭いでしょ!」
「じゃあもう少しそっち行け!」
「なんでよ!?あたしの傘よ!」
「お前、ハッピーに濡れろって言うのか!?猫は濡れたら死ぬんだぞ!」
ナツはハッピーを庇うようにして抱えている。ルーシィは目を丸くした。
「え、そ、そうなの?」
「あい」
「そう…ごめん、こっちおいで」
「おい、信じたぞ、こいつ」
「凄いね」
「アンタらねえ…!」
ぎりぎりと、傘の柄を持つ手に力が入る。ナツ達だけを追い出すように動かして、ルーシィはやっとそれに気が付いた。
「あれ、止んでる」
前髪から垂れた雫が、こめかみを伝う。傘を畳むと、グレイが一人の女生徒の腕を掴んでいた。
「てめえ、いい加減にしろよ!」
「あ。アイツ、この前の匂いの奴だ」
ナツがくん、と鼻を鳴らす。彼はつまらなさそうな顔で、両手を上げた。
「グレイの新しい女だろ」
「誤解を生むようなこと言ってんじゃねえよ!」
びっ、と人差し指が向けられる。ルーシィははあ、と溜め息を零した。
「なに、グレイのファンなの?攻撃なんてしなくたって、あたし無関係なんだけど」
「オイラの言った通りになったね。ルーシィ、気を付けなよ」
地面に下りたハッピーが、後ろ足をぴっ、と払う。
鞄は表面のみで中身に支障はなさそうだったが、傘はどのみち間に合わなかったらしい。水分をたっぷりと含んだ袖を持ち上げて、ルーシィは項垂れた。