視線が痛い。ルーシィは机に突っ伏した。

「うう…」
「広まってるみたいだね」

レビィが楽しげに笑った。ルーシィの机の上で、ハッピーがくちゅん、と小さくくしゃみをする。

「オイラの朝帰りの噂かな」
「……絶対違う…」

実際ルーシィは被害者だが、寮の建物自体も複数ある上に部屋だって生徒と同じ分だけある。中から手引きしたと思われても仕方が無い。

「そういえばアイツ、なんであたしの部屋わかったのかしら」
「匂いだよ」
「…それも嫌」

くたりと嘆くルーシィの元に、去年も同じクラスだった少女が近付いてきた。

「ねえねえ、昨日何があったの?ルーシィが誰か捕まえたって聞いたけど」
「え?ううん、捕まえたのは」
「ハンマーで背骨粉々にしたんだって?」
「それあたしじゃないし、尾ひれ付いてるし…」

レビィが首を傾げた。

「誰か、って?それは噂になってないの?」
「うん、そこまでは。誰かが屋上から吊るされたらしいとしか」
「吊るされたの!?」
「ね、誰なの?男子なんでしょ?」

返答に詰まって、ルーシィは曖昧に笑った。自分がとんでもない暴力行為をしたことになっていて不本意だが、ナツが夜の女子寮に侵入したことが――自分に会いに来たことが広まるよりマシだ。このままうやむやになってくれた方が良い。
しかし祈りは神様に届く前に、不機嫌そうな声に叩き落とされた。

「おっす!」

レビィの肩越しに投げられたそれに、ハッピーが弾かれたように振り向く。

「ナツ!おはよー!」
「おう、ハッピー。おはようさん……なんか変な感じすんな」
「オイラ外泊なんて初めてだもんね」

ルーシィは引き攣った。ナツは頭に包帯を巻いていて、頬には大きな絆創膏が貼ってある。どこからどう見ても、何かあったと言わんばかりだった。
訊いてきた少女が無言でぴ、とナツを指差す。それにぶんぶんと首を振ったルーシィの視界に、ナツのツリ目が割り込んだ。

「ルーシィ、お前なあ」
「な、何よ」

頼むから、おかしなことは言わないで欲しい。侵入者が誰か、ハッキリわかるようなことは――

「エルザと同じ寮なら教えとけよなあ。知ってたら万全の態勢で挑んだのに!」
「わ、わーわーわー!」
「ああ?」

掻き消しには成功したが、注目を集める結果となってしまった。なんだなんだと首を伸ばす同級生達の視線に、ルーシィの頬が熱くなる。
ナツの眉間にシワが寄った。

「なんだよ、朝っぱらからうっせえな」

彼はむぅ、と唇を尖らせて、腰に手を当てた。

「昨日もお前、やかましかったよな」
「アンタがいきなり侵入してくるからでしょ!?」

あ、と思ったときにはもう遅かった。静まり返った教室に、廊下のざわめきだけが満たされる。

「おは…あ?」

入ってきたグレイが目を瞬かせた。それを合図にしたかのように、どっ、と場が沸き上がる。
きょとん、とナツが周りを見回した。

「なんだ?」
「あーあ、見付かったの、ナツかよ」
「あ?」
「ホント、勘弁してくれよなあ。他の奴らの迷惑だろ」
「静かにしてればバレないだろうに」

口々に責められて、ナツがぷぅ、と膨らんだ。

「なんだ、オレだけじゃねえんじゃねーか」
「捕まったのはお前が初めてだろうけどな」
「ぐっ…」
「で?じっくり報告してもらおうじゃないか」
「へ?何を?」

桜色が教室の隅に連れて行かれる。情報を得た少女は軽い足取りで他の女生徒の元へ戻って行った。
はくはくと空気を食むだけになったルーシィの肩を、レビィがぽん、と叩いた。

「どんまい」
「ううう…!」
「嫌がってたのに自分から言いふらすって、ルーシィ斬新だね」
「違うのよー!」

グレイがどかりと席に着いた。

「災難だったみたいだな」
「あれ、グレイはルーちゃんのこと信じてるんだね」
「どうせナツの野郎が勝手に入りこんだんだろ?」

嫌そうな顔をして、男子に囲まれたナツを親指で示す。「そういう奴じゃねえか」と言ってくれたグレイに、ルーシィはくっ、と唇を噛んだ。

「グレイ…!ありがとう!」
「お、おい?泣くなよ?」

レビィやハッピーは真実を『知っている』。『信じてくれた』グレイが嬉しくて、彼の言う通り涙が出そうになった。

「良かったね、ルーちゃん。やっぱり幼馴染は違うね」
「うん…ん?」

にっこりと微笑んだレビィの裏に、『今日のおススメ・グレイ』と書かれたメニューが見えた気がした。
ひく、と引き攣ったルーシィの耳に、一際大きな声が届く。

「だああ!それだけだっつの!」
「ええ?マジで?」
「なんだよ、つまんねえ」

ナツが男子達を振り解いて戻ってくる。彼は椅子に片足を乗せると、ルーシィの鼻先にびっ、と指を突きつけた。

「次行ったときは絶対エルザに勝つからな!」
「次なんかないわよ!」
「あっ、オイラのお魚ー!」

ハッピーを掴んで投げたつもりが、ナツの顔に当たったのは歯型の付いた生魚だった。






べち。


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