「なんで寝てんの…」
「良い匂いするー」
「ちょ、ちょっと。出て来なさ、」
「お、マジか。どれ」
言うが早いか、ナツがベッドに飛び込んだ。桜色が枕に沈む。
脇をすり抜けるかのような挙動に、一瞬何が起こったかわからなかった。
「っ、きゃあああ!?何してんのよー!?」
「別に美味そうな匂いしねえじゃねえか」
「枕を放せ!」
彼が顔に押し付けた枕を、半泣きで奪い取る。
「乙女の布団になんてことすんのよ!」
「枕だろ」
「布団もよ!さっさと下りろ!」
マフラーとついでに髪を引っ張る。彼が呻いたとき、バタン、と勢い良くドアが開いた。
「どうした、うるさいぞ!」
「…あ」
鮮やかな緋色の長い髪、メリハリのある完璧なボディライン――そこに立っていたのは、この寮の寮長を務める、三年のエルザ・スカーレットだった。彼女はルーシィの隣の部屋。これだけ騒いで気付かないはずもない。
ベッドの上のナツを見て、彼女は目を丸くした。
「ご、ごめんなさい!これは、えっと…」
ルーシィが必死に言い訳を探している横で、ナツが軽い調子で右手を上げた。
「おっす、エルザ」
「え…寮長と知り合いなの?」
エルザはきっ、と鋭い視線を二人に向けた。びくりとした拍子に、ルーシィの手からマフラーが落ちる。
彼女は溜め息混じりに教えてくれた。
「昨年入学早々、勝負しろと言われてな」
「だって、お前が一番強ぇんだろ?」
魔力の高さ、魔法の熟練度、判断力、身体能力――こと対戦となれば彼女が最強だろうとは、ルーシィも噂に聞いたことがある。
エルザはふるりと首を振った。
「そんなことはない。そもそも強さというのは魔法を使う状況と、」
「そんなもんはどうだって良いんだよ!要は戦って勝てるかどうか、だ!」
「ナツ、瞬殺だったけどね」
「一年も昔のことだろうが!今はぜってえ、勝てる!」
ハッピーの冷めたツッコミにも動じず、ナツはぴょん、と軽快にベッドから飛び降りた。拳を握って、斜に構える。
「見逃してくんねえだろ?」
「当たり前だ。女子寮は男子禁制。どんな理由があろうと許されることではない」
エルザは目を細めた。
「ここで何をしている。ルーシィ、お前が招き入れたのか?」
「ち、違いますっ!ナツはあたしの落し物を届けてくれただけで」
ぶんぶんと首を振る彼女を押しのけるようにして、ナツが床を蹴った。
「へへっ、丁度良い!勝負だ!オレが勝ったら…ぐべ!?」
決着は瞬きの合間についていた。
重い地響きと衝撃に、ルーシィの息が止まる。ナツの上に、巨大なハンマーが出現していた。魔法耐性の高い建物だと聞いていたが、物理的にも強いらしい。床はびくともしていなかった。
エルザは潰れた彼のマフラーを、ぐい、と引っ張り上げた。
「お前が勝ったら、なんだ?」
「しゅーりょー!」
ハッピーの明るい声に、ルーシィは肩から力を抜いた。笑いが漏れる。
「何よ、全然ダメじゃない」
「あい」
さすがエルザ・スカーレット。ナツの魔法も凄いとは思うが、格が違う。
エルザはハンマーを消し去ると、ナツのマフラーを掴んだまま部屋を出て行こうとした。いつの間にか、廊下には人だかりが出来ている。
「え、ナツをどうするんですか?」
「侵入者は簀巻きと決まっている」
「簀巻き!?で、でも、ナツはあたしの鍵を」
「庇うか?」
「いいえ、滅相も無い」
ルーシィは綺麗に手を振った。ぱたん、と閉められたドアと、廊下から聞こえる「各自部屋に戻れ」の号令。そして、何かを引きずる物音。
「まあ……自業自得、よね」
開いた窓と机の上のイヤホン、ベッドの脇に落ちた枕を順に眺めて、ルーシィは溜め息を吐いた。全く、嵐のようだ。
窓を閉めて、タオルをハンガーにかける。枕を拾うと、それに桜色が擦り付いていたのを思い出した。
「ったく…」
カバーを取り換えようと外しかけて、ふと、手が止まる。
「……いっか」
ハッピーだって布団に潜っていた。ナツはただ、同じ行動をしただけ――猫のように気ままに、猫のように笑って。
そう考えると、仕方ないかと思えてくる。
(なんかずるい)
鍵束が、ちり、と鳴った気がした。
突然で騒がしくて、でも飽きなくて面白い。これも日記に付けておかねば。
机に向かった彼女に、寂しそうな声がかかった。
「ねえルーシィ、オイラ帰りそびれちゃった」
「……居たの」
青い猫は愛くるしい表情で「仕方ないから、今夜一緒に寝てあげるよ」とのたまった。