井吹龍之介の憂鬱「もう手遅れだなこの新選組」 





井吹龍之介の憂鬱「もう駄目だこの新選組」の続き
相変わらずのトンデモ設定。なんでも許せる人向け。






「ねえねえ、千鶴ちゃんの好みのタイプは?あ、男ね」

それはとある冬の日の朝餉の時間だった。清々しい朝に、この鬼畜の代名詞沖田総司がとんでもない爆弾を落とした。しん、と静まり帰る広間。むさ苦しい男共が一斉に雪村へと視線を向ける。というか、嫌な予感しかしない。

「どんな方が好きか…」
「そうそう。千鶴ちゃんの好きなタイプを知りたいんだよ。ね、平助」
「なっ、お、オレに振るなよ!」
「えー、何を今更。皆だって知りたいでしょ?」

にやにやとした沖田の意地の悪い笑み。うわ、なんかもう本当嫌な予感しかしない。つーか、誰一人として沖田の言葉を否定しないのかよ。何やってるんだ新選組。

「まあ、別に聞いてやらねえこともねえよ」

若干頬を染めてそう言う土方さん。なんで顔赤らめてんだよ。イケメンだからって何やっても許されると思うなよ。

「互いのことを知ることは親睦を深めるうえで大事なことだ」

いや、何もっともらしいこと言ってるんだ斎藤。つーかなんでこの時点で鼻血垂らしてんだよ。どんな想像してんだ。どんだけむっつりなんだよあんた。

「千鶴の好きなタイプ…」

平助は…ああ、まあこいつは馬鹿だからいいや。

「まあ、俺だろうな」
(おいおい千鶴を困らせるんじゃねえよ)

おい原田、あんた心の声と実際の言葉逆になってるぞ。つーか、どこからそんな自信が湧いてくるんだ。

「好きなタイプですか…」

困ったような表情をして、雪村はうーんと悩む仕草をする。雪村は良い奴だな。こんな奴等の言葉なんて真剣に考えなくていいのに。
そんなことを考えながら俺は飯をかき込む。雪村には悪いが、早くこの場を立ち去ろう。面倒事になると厄介だし、とばっちりを食らう前にさっさと逃げなければ。

「うーん…」
「そんなに真剣に悩まないでよ。じゃあさ、この中で選ぶとしたら誰?」

沖田の言葉で野郎共が一気に背筋を伸ばす。瞳には期待の色をのせて。いや、選ばないから。俺が雪村だったら井上さん選ぶから!

雪村が顎に手を当てながら広間を見渡す。
雪村も可哀想になあ。俺、女でも絶対こいつらみたいな変態は嫌だな。
そんなことを考えながら飯を食べ終えた俺がお膳を持ってそそくさと広間を出ようとしたその時。
雪村と、目が合った。

「私、井吹さんが好きです」

がしゃん、と俺の手から滑り落ちるお膳。一斉に殺意のこもった視線を向けられる俺。嫌な汗が止まらない。
ああ、やばい。どうしてこうなった。

「え?え、俺?」
「はい、井吹さんです」
「ちょっと千鶴ちゃん、なんでそんな馬鹿犬なのさ。他にもっとまともなのいたでしょ」
「そ、そうだよ雪村。ほら、俺みたいなうだつの上がらないクズよりもさ、他にいるだろ」
「おい、井吹。俺達はうだつの上がらないクズに負けたってことか?」

しまったあああああ!!くっそ、なんでこんなことに。土方さんが刀を手にする。おいおいおいおい、そんな物騒なもの手にするんじゃねえよ!

「ちょっ、ひ、土方さん、食事中にやめようぜ…」
「ああん?なら、食べ終わったらいいのか?」
「よくねえよ!」
「龍之介の言う通りだ土方さん。千鶴の目の前で殺るのはまずいと思うぜ」
「おい原田!場所の問題じゃねえよ!」

ゆらりゆらりと、刀を持って近付いてくるむさ苦しい野郎共。やばい、まじでやばい。俺、このままじゃ死ぬ。今日が命日になる。

「さあ、覚悟しな井吹」
「おい、あんたら落ち着けよ!い、井上さーんっ、助けてくれ!」
「はっ、残念だな井吹。源さんはとっくに食べ終えて朝の稽古に行ってるぜ」
「はっはっは、皆仲が良いなあ」

呑気に笑うのは近藤さん。おいあんた目玉腐ってんじゃないのか。目の前で殺人が行われようとしてるのに!!

「ちょっと待て!」

襖が勢いよく開かれる。おお救世主だ、と思いながら声の主を見ると、なんと芹沢さんだった。

「せ、芹沢さん…!」

もうこの際なんであんたが八木邸にいるんだよとかそういうツッコミはいい。生命の危機に晒されている今の俺にとっては、普段どんなに俺を罵りこき使う芹沢さんであっても神にしか見えない。

「芹沢さん、邪魔しないでもらおうか」
「別に邪魔をするつもりはない」
「ああ?」
「その駄犬を斬るのは俺にやらせろ」

えええええ!?忘れてた。このおっさんも雪村信者だった。おい雪村、あんたどんだけ信者いるんだよ。カリスマか?教祖か!?

「ちょ、ちょっと、あんたらまじで落ち着け!」
「僕達はいたって冷静だけど?井吹君こそ落ち着きなよ。汗だらだら過ぎて気持ち悪い」
「いや、誰のせいだと思ってんだ!」
「あー、もううるさいなあ。ほら誰に斬られたいかはちゃんと選ばせてあげるから」
「その選択肢いらねえから!」
「皆さん、落ち着いてください!」

突如響き渡る雪村の声にあれだけうるさかった広間が静かになる。雪村を見ると、にっこりと微笑みを浮かべていた。

「今日の食事当番は私と井上さんだったんですよ。さあ、冷めないうちに召し上がってください。あ、芹沢さんもいかがですが?」

雪村の言葉に、さっきまで刀を構えて殺気を放っていた男達がさっと元いた場所へと座る。え、えええ、こいつら単純というかなんというか。芹沢さんもちゃっかり座ってるし。

「おかわりもありますからね?」

にこにこと笑みを浮かべる雪村と、飯をかき込む野郎共を横目に、俺は散らばった食器を片付けてそっと広間を出て行く。
こいつら、本当に大丈夫なのか?つーか、もう手遅れだなこの新選組。



「井吹さん」

食べ終えた皿を洗っていると背後から声をかけられた。振り向くと、申し訳なさそうな顔をした雪村が立っていた。

「洗い物、私がやりますから大丈夫ですよ」
「いや、いいよ。いつも雪村にやってもらってばかりじゃ悪いしな。寒いし、手も荒れたら大変だろ」
「……井吹さんはやっぱり優しいですね」
「え?」
「あの、さっきはすみません。私があんなこと言ったばかりに…」
「ああ、気にすんなよ。…あんたも大変だな」
「いえ、皆さん良い人ばかりですから」

ああ、雪村は本当に良い奴だな。よくあんな奴等のことを良い人だなんて言えるもんだ。そりゃあ、雪村信者も増えるわけだな。

「しかし、雪村。ああいう場面では無難に近藤さんか井上さんって答えとけばいいのに」
「え?」
「あいつらがまた揉め合うのを避けようとして俺って答えんだろ?寧ろそれは逆効果だと思うぞ。まあ、今回は雪村のおかげで助かったよ」
「……そう、ですか、」
「雪村?」

俺の言葉に雪村は顎に手を当てて、何かを考えるように宙をじっと見つめた。それから、手を下ろして、じっと俺を見つめた。
大きな、琥珀色の、吸い込まれそうな瞳。長い睫毛が、雪村の瞬きに合わせて揺れる。

「さっき言ったこと、その場を切り抜けるための嘘でも何でもないんですよ」
「……え?」
「本気だって言ったらどうします?」

雪村の瞳が一瞬、黄金色に輝いた、気がした。柔らそうな唇を上げて、笑う雪村。いつもの春の陽射しのような、そんな笑みではなくて、なんというか、妖艶なーー。

「…ふふ、冗談ですよ」
「へ?え、あ、ああ、そうだよな、うん、」
「あ、そういえば芹沢さんが井吹さんのこと探していましたよ」
「げっ…まじかよ…」
「残りは私がやっておきますから、どうぞ行ってください」
「…悪いな、雪村。なんか結局やってもらっちゃって。ありがとな」
「いいえ、気にしないでください」

遠くで「おい犬はどこだ」と叫ぶ芹沢さんの声が聞こえた。うわ、これ絶対鉄扇で打たれるやつだな。俺はため息を吐き出して走り出す。

それにしても、さっきの雪村はなんなんだ?あんな冗談言う奴だったか?つーか、本気って…。……いや、ないないないない。仮にそうだったとしたら、あの雪村信者が黙っちゃいないだろう。俺は確実に死亡ルートだ。俺はまだ死にたくない。

「…まさか、な」

頭から、あの時の雪村の笑みがこびりついて離れなかった。心臓がうるさいのは、うん、走っているせいだからだ。きっと、そうだ。



(おい犬!遅いぞ!)
(あー、悪かったって。…って、今日は殴らないのか?)
(ふん、おまえなんか殴る価値もない)
(なんか機嫌いいな…。あ、雪村の飯を食べれたからか。あんた、どんだけ雪村のこと好きなんだよ…)

 
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