「見事、だわ」

 魔女は静かにそう言った。深く、細く吐息する。

「……っ」

 レイチェルは息を飲んだ。くしゃり、と顔を歪める。それは泣き出しそうな顔だった。ほっと息を吐き、安心しきった顔で目を伏せる。

「残念だわ、あの男のことを、末代まで呪ってやるつもりだったのに」

 ぽつ、と魔女は言って、執事を呼んだ。

「彼をここへ」
「かしこまりました」

 魔女はふっと笑みを濃くしてレイチェルを見据えた。

「お嬢さん、頑張って。精一杯、自分のために生きるようになさいな。そして、恋という呪いをあの男にかけてやりなさい」

 ダニエルが近づいてくる足音がする。心なしか、少し急いているようだった。
 彼が扉を開ける一瞬前、魔女は呟いた。

「ただ、あの男に壊されないよう、気をつけなさい」
「え……?」

 レイチェルがその言葉の真意を問い返すより前に、扉が開いた。
 そこには、ひどい顔をしたダニエルがいた。
 思わず、レイチェルが吹き出してしまうほどに。

「おじさま、なんてお顔なさってますの?」
「勝った、のか?」
「ええ、ご安心なさって」

 魔女はふ、と笑い、執事に運ばせてきたワインを口に含んだ。

「貴方の弟子は、本当に良い弟子だったわ」

 かつ、と彼女はヒールを鳴らして立ち上がる。ワイングラスを片手にダニエルへと近寄っていく。

「だから、それに免じて、貴方の悪行をこれで許すわ」

 女は思い切り、グラスの中の赤ワインをダニエルにぶちまけた。ダニエルは避けず、それを真正面から受け止めて見せた。

「なっ」

 レイチェルは、何をなさるんですの、と叫びだしそうになったが、ダニエルの様子に言葉を飲み込んだ。

「口止め料、というわけかい?」
「そう受け止めてもらえると、嬉しいわ」

 魔女は空になったグラスを揺らして、微笑んだ。
 赤ワインが滴る前髪を掻き上げ、ダニエルも微笑む。そしてついっとその視線をレイチェルに向けた。
 はっとレイチェルは息を飲み、彼の言葉を待つ。

「レイチェル」
「はい」
「よくやった」

 簡潔かつ明瞭な言葉は、レイチェルにとって何よりの賛辞だった。

「はい!」

 レイチェルはにっこりと笑うことでそれに応じた。





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