「おじさま! どうしてサインしたのですか!」

 レイチェルは押し殺した叫びをあげ、病床のダニエルへと詰め寄った。その手には紙切れが握られていた。そこに書かれている文言をダニエルの眼前に突きつける。

「ダニエル・J・ダービーはこれ以降一切、人相手に賭博を行い、勝利しないことをここに誓います」

 ダニエルは厳かにそう言い、そっと目を伏せる。レイチェルの激怒している様とは違い、静かなものだった。彼女のために言葉を付け足していく。

「これがここから出るための条件さ。それに、当面の資金の用立てでもある」
「そんな!」

 レイチェルは今度こそ堪えきれずに悲鳴を上げた。

「私の入院費、これからの私たちの生活費……。これまでの蓄えと、弟にも少し借りているが到底まかなえたものではないのでね」
「……それは、そうですけれども。でも、だからと言って、おじさまから賭けを取り上げるだなんて」

 レイチェルは怒りに唇を震わせながら必死に言葉を紡いだ。

「レイチェル、レイチェル」

 ダニエルは彼女をあやすように名前を呼び、手招きをした。レイチェルは素直に近寄り、ダニエルの手を握る。ダニエルは柔らかく微笑んで彼女の手を撫でた。

「いいのだよ、これで」
「一体、なにがよろしいと仰るのですか、こんな文言をそのままお呑みになるなんて」

 レイチェルは憤懣遣る方無いといった様子で地団駄を踏む。まるで子供そのものの仕草に、ダニエルは苦笑を零した。穏やかにレイチェルの手を撫でながら、口を開く。

「ここから出られさえすれば、あとは自由の身だ。賭けに勝たなくても生きて行く方法はあるものさ」
「……そう、そういう、ものですの」

 強張っていたレイチェルの手が緩々と脱力していった。それに内心、ほっとしながらダニエルは指先だけでレイチェルの手首を掴む。

「さあ、ここは病院だ。落ち着いてくれ」
「……はい。取り乱して、申し訳ありませんわ」

 レイチェルはすとん、とベッド脇の椅子に腰を下ろした。ダニエルはようやく、気を緩めて彼女を見やる。
 まだわずかに怒りの名残を見せる彼女の瞳を見ながら、ダニエルは取引の内容を思い返していた。





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