ディーラーはそっと手の甲を撫でて微笑んだ。

「――お嬢さん、何を賭けるかね?」

 そう問われるのは意想外だった。レイチェルは目を細める。驚いた様子など微塵もなく、ゆったりと問いかける。

「……なにを、ですか?」
「あぁ。このチップ以外に、だ」

 なぜかこのやりとりだけでディーラーに優位に立たれていた。レイチェルにとっては不可解だった。
 これが失った四年間なのだろうか、とレイチェルは奥歯を噛む。

「お望みならなんでも」

 レイチェルはそう虚勢を張るが、ディーラーは余裕の笑みを崩さない。

「たとえば、魂はどうかね?」

 レイチェルに、というより後ろにいるダニエルに問いかけているようだった。レイチェルなど歯牙にもかけないその仕草。

「えぇ、魂を賭けましょう」

 レイチェルは負けじと微笑んだ。ほう、とディーラーが片眉を上げる。

「Good!」

 ディーラーがそう言う。それはまるごとそのまま、ダニエルの模倣だった。あまりにもそっくりだった。
 ぞくりとレイチェルは背筋を走るものを感じた。
 失ったおじさまを取り戻す。
 それが比喩ではなく、一挙に現実味を帯びたようだった。
 ディーラーが笑みを深めて指先を動かす。シューからカードが吐き出される。
 目の前に滑りこんでくるカードを見て、レイチェルはこつりと踵を鳴らす。
 カードハンドはソフト・ハンド。ディーラーのアップカードは8だ。

「ヒット、ですわ」

 間断なくそう言った。ディーラーも定められた手順の通り、といった動きでカードを送ってくる。
 合計20。
 レイチェルは穏やかに首を振って言う。

「ステイ」

 当然の選択だ。
 これでディーラーは20か21を出さないと勝てない。
 ディーラーは穏やかな笑みを浮かべて伏せカードを裏返した。Kだった。合計、18。普通ならばもう引かない。だが、レイチェルに勝つためには引かねばならない。
 ディーラーは平然として、シューからカードを繰る。
 ――現れたカードはスペードの3。
 すっぱりとナイフを突きつけられたようだった。
 さっきと言い、まさか21を揃えてくるなんて。
 一体この男はどれほどの強運を持っているのだろう。磁石のようにカードを引き寄せる。
 レイチェルは静かに喉を鳴らしてから、あえて微笑んだ。

「スペードとは相性が悪いみたいですわ」

 そう言ってディーラーを見つめる。

「誰にだって相性の悪いスーツはあるものさ」

 ディーラーはそっとスペードの輪郭をなぞった。その仕草に嘘はなかった。
 貴方にとって相性の悪いスーツはなんですの、とそう思いながらレイチェルは頬に指を添える。そのまま笑みを深める。
 背後におじさまがいるのを感じながら、ルージュで縁取られた唇を開く。

「――私、どうしても貴方に勝ちたくなってしまいましたわ」

 ほう、とディーラーが眉を上げる。

「ならば私はこういってみせよう」

 ディーラーはそっと掌を擦り合わせた。

「――やれるものならば、やってごらん、お嬢さん」




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