「おじさま、退院ももうすぐですわね」

 レイチェルは上機嫌で窓辺にある花瓶から、枯れた花を抜き取っていた。

「あぁ、そうだね。もう不自由なく動けるし、テレンスももうすぐなんだろう?」
「えぇ、リハビリ後に退院だそうですわ」

 レイチェルは花を取り去り終え、部屋の隅にあるゴミ箱へと向かう。

「退院したらどうするかね?」
「ぜひおじさまのやりたいことをなさってくださいな、入院していて、退屈だったでしょう?」

 レイチェルは微笑んだ。

「それじゃあ、まずは家に帰ろう。それでしばらくはゆっくりしよう」
「そうですわね、それがいいですわ。……ベガスには行きませんの?」
「賭けはどうしようかね」

 私は引退してもいいと思っているよ、とダニエルは冗談めかしていった。
 ばさり、とレイチェルは花をゴミ箱に放り込んだ。

「――おじさま。私の特技まで、お忘れですの?」

 レイチェルはダニエルに背を向けたまま、ぞっとするほど冷たい声音で訊いた。
 彼女の嘘を見抜く才能はいまだ健在だった。いや、以前よりもずっと研ぎ澄まされている。
 それに気が付かないほどに鈍っていたとは、とダニエルは内心、臍を噛む。鈍り切った自分の嘘など、最初から全て看破されていたかもしれない。
 それなのに、彼女は騙され続けてくれていたのだ。
 ダニエルが何か言うより前に、彼女が振り向いた。

「はっきり言いますけれど、おじさまが四年間、何をなさっていたのか私は何一つ、興味ありませんわ。……ただ、覚えているのになかったことにするだなんて、私には到底、許容できそうにありませんわ」

 彼女の瞳がダニエルを射抜く。

「私は、失ったおじさまを取り戻しますの」

 全く躊躇いなく、彼女は歩み寄ってきた。そのままベッドにいるダニエルの間近まで来て、唇を震わせる。涙を堪えているようにも、怒りを抑えているようにも見えた。

「おじさま、それでようやく私は、おじさまに並ぶことができますわ。おじさまと同じ舞台に立てますの」

 そこで彼女は言葉を切った。
 揺れない瞳がダニエルを捉える。

「ですから、教えて下さいませ。おじさまが失ったものを」

 レイチェルはスリッパを脱ぎ捨てて、ダニエルのベッドに膝をついた。そのままダニエルに向けて、掌を向ける。

「たとえどんな困難であろうと、私は勝ちます。……おじさまの勝利の焼き直しを、勝利の裏打ちを、この手で。おじさまの弟子である私が」

 眉を立てて、彼女は拳を握ってみせた。
 ダニエルはぽかん、とした。
 そんなことをやってくれるだなんて今まで思いつきもしなかった。
 何と言おうか、と言葉に詰まる。
 感謝では足りず、謝罪では相応しくない。許可では尊大すぎて、同意では物足りない。
 ダニエルは真っ直ぐにレイチェルを見つめ返した。

「――確かに君は、私の弟子だ」

 そう言えば、レイチェルは破顔した。一輪の花が咲いたような笑顔だった。




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