ディーラーがカードを配る。誰もゲームを降りる者はいない。
 闖入者が来ても以前変わらずカードは回り続ける。
 レイチェルとダニエルは静かにカードを見た。こつり、とレイチェルはピンヒールを鳴らす。レイチェルはテキスト通りの戦い方を崩さなかった。
 ソフト・ハンドならヒットし、ハード・ハンドならばステイする。
 頭のなかでカウンティングし続けていた。トゥルーカウントをやりながら適切な選択をしていく。
 まったくもってお手本通り、相手からすれば読みやすい打ち方だった。
 だが、ダニエルは違った。
 手札の合計はクイーンと5で15。ディーラーのアップカードが4という、ハードハンドだが。

「――ヒット」

 ぴたりとそう言った。
 レイチェルはほんの少し眉を上げた。誰にも気が付かれないほどの驚きの表情だった。
 ディーラーは淀みなくシューからカードを送る。
 送られてきたカードはハートの6。
 合計23。バーストだ。
 ダニエルは小さく肩をすくめる。

「ハートは愛らしすぎて、どうにもいけない」

 一人、そう冗談めかした。言葉通り、ダニエルにハートは不似合いだった。
 ダニエルの隣にいる剃刀女の手札はキングと5。合わせて15だ。剃刀女は停滞無く口を開いた。

「ヒット、よ」

 しゅっとカードが送られる。来たのは10。バーストだった。
 剃刀女はきゅう、と目を細めて、ダニエルの手札にあったハートの6を一瞥した。瞳には刺すような光が灯っていた。
 ダニエルが無謀なことをしなければ、自分の手元にきていたカードだった。
 剃刀女が僅かに手を握ったのが見える。
 レイチェルは静かに笑みを深めた。ようやくダニエルがバーストした意味が分かった。
 始まったのだ。
 ダニエルは動き出した。
 限りある安定を出来るだけ失わないために、安定を捨ててて走り出したのだ。
 それが彼の戦い方だった。




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