カードが短刀のように飛ばされる。レイチェルは自分の前に滑りこんでくるそれを静かに見ていた。
 ジャックと6、合計で16だ。全員がカードに向かい合った。手を見てみんながチップを置いていく。
 どうしようかしら。
 レイチェルはそっと指先で自分の輪郭をなぞった。ディーラーの視線を受けてレイチェルははっとする。ディーラーの手札、見えるアップカードは5。
 典型的なハード・ハンド。プレイヤーにとって厳しい手だ。
 すらりとカードの上で手を振る。

「――ステイ」

 ダニエルのカードは合計18。彼も同じ選択をした。
 全員の空気がほっと弛緩した。二人の闖入者がずぶの素人でもなく、また無謀でもない。平凡な選択をするただのプレイヤーだと分かって安心したようだった。
 そうして二人は平凡に凡庸に淡々とゲームを回していく。
 剃刀女は基本を踏まえつつも攻撃的だった。時折大胆にヒットしてみせる。だが大きく負け込むこともなく、じわじわとチップを増やしていた。
 卵男は剃刀に比べて防衛的だ。きっちり基本に当てはめて、少しでも迷うようならばなるべくリスクの低い方へ低い方へと。大勝も大敗もしない、現状維持だ。
 一番特徴的なのは冷凍男だった。彼はサーファーのように波を読み、掛け金をこまめにアップダウンさせていた。大勝するがその分もきっちり負けていた。
 ディーラーがカードを配る中、ダニエルはレイチェルに微笑む。

「どうかな、ハニー。このゲームに慣れたかい?」
「えぇ、とっても楽しいですわ」

 ディーラーは目元を僅かに緩めた。

「楽しんでいただけて幸いです、レディー」

 しゃっ、とカードが出揃った。
 楽しいと言ったものの、レイチェルはまるきり伏魔殿に迷い込んだ気分だった。
 カードを吐き出すシューは瘴気を纏って大口を開ける怪物で、カードを手繰るディーラーは仮面を被った猛獣使い。立ち並ぶプレイヤーは油断すれば寝返ってこちらを刺してくるだろう。
 唯一信用できるのはダニエルだけ。
 ただ、そのおじさまは助けてはくれない。
 決して私を裏切らず、隣にいてくれる。そのことだけが頼もしくレイチェルを支えていた。
 全員が手札を揃え終え、ディーラーのターンになった。
 彼はシューから手札を手繰って、引いていく。
 ディーラーの伏せカードが開かれた3。合計8だ。ディーラーはもう一枚引く。Kだ。
 ……合計、18。
 レイチェルは負け、ダニエルは勝った。
 一見すれば普通に打って普通に負けただけだ。
 しかし、それでようやく二人は場に馴染んだ。
 レイチェルとダニエルはそっと微笑んだ。




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