さよなら、俺 / 01


 赤い血が流れていた。

 馬鹿だなあと思う。こんな見ず知らずの他人を庇って、その挙句、自分の体からどんどんと血が流れて行く。

 何が哀しいのか降り出した雨は、その血を攫っていき、僅かに残っていた自分の体の温もりもいつしか感じなくなった。

 唐突に理解した死は、こんな自分でも最後は人の役に立てたかと安堵する。心残りがないわけではないが、それ以上に恍惚としていた。

 さよなら、俺。

 碌なことしかしてこなかったが、誰一人として自分の死を悲しむ者がいないよう人生だったが、それでも満足だ。

 もし、もし、神様とやらの気紛れで生まれ変わることができたのなら、次はもう少し優しい人間になりたい。人の為に何かができるような、そんな優しい人間になりたい。

 ◆

 雨が降りしきる中、呆然としたまま身動き一つしない身重の女性。かたかたと震える手に握るナイフを離すことすらできずにいる年若い男。倒れたままどんどんと真っ赤に染まっていく明らかにチンピラ風の体の悪い一般人とは思えない男。とても接点がある風には見えない3人に、近くを歩いていた人は何気なしに視線をやり通り過ぎようとする。しかし、通り過ぎるにはあまりにも現実離れした光景が目の前に広がっていることに気付き、足を止め、次の瞬間には悲鳴が雨を切り裂き、突如と辺りは騒然とする。

 それは最近では決して珍しい事件ではなかった。妊娠中の彼女がすれ違いざまに狙われたのは、ただ単に簡単に逃げられそうになかったから。若い男はそう言った。昨今の常套文句となった台詞、誰でもよかった、人を殺してみたかった、と共に。

 たまたま通りかかって、たまたま周囲にすごく敏感だった殺された男は、あんな奴殺されても仕方がないと、日頃の行いの悪さが仇となってそう言われる。殺されたのが妊婦さんではなくろくでなしの男で良かった、と。

 人の命が軽い、善悪があやふやな時代。異常な事件は、異常なままに人の記憶から忘れ去られていく。

 ◆

 何かが変だと気が付いたのは自分が殺されて数日してから。

 ふわふわと漂う危うい体は、不安定なのに安定していて、広くない空間なのに息苦しくもない。そもそも水の中に漂っているのに息ができている時点でおかしい。

 異常に眠たい。眠ってしまいたい。

 それはそうだと自分で突っ込む。本当なら今頃永遠の眠りについていたはずなのだから。血を流しすぎたのだから。まあ、そんなことを言っても始まらない。ここがどこか、ここが何か、いったい自分はどうなったのか。考えることはいくらでもあるけれど、ひとまず何もかも放棄して寝てしまいたい。

 こんなにもゆらゆらと気持ちいいのだから。



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