(3/10) 2、4月は頑なな男子高校生


「春日井はじめ君、ね。中々達者な字だねえ」
 チョークでテキトーに書いただけのそれを、担任となる先生は繁々と見つめてそう言葉を漏らした。見た目だけで言えば比較的真面目な転校生である僕をリラックスさせるための一言なんだろうが、クラス中の視線を集めているのが現状の自分にはその気遣いが全く届いていなかった。余計に背筋がこわばるだけだ。



 春。4月。日本では学業の始まりの季節として認識されており、僕も僕の方を見つめる彼らもそれは変わらない。
『まだ慣れないところもありますが、どうぞよろしく』
 腰を折って先生に自分の席の場所を伺う。正面から見て右、窓際一番後ろの日当たりの良い机。壇上から降りて前の学校でも使っていた上履きを踏みしめ、まだ僕についてくるいくつかの視線に耐えながら歩く。
 やっとの思いでたどり着いた自分の席に心持ち飛び付くようにして収まり、担任が次の話題に移ったところでようやく落ち着くことができた。

 そうだ、隣の席の奴にはきちんと挨拶をしておかないと。ここの指定の教科書はキチンと購入して持ってきている、だがもし「担任ごとに使う教材が違う」なんてことがあったら暫く見せてもらう必要がある。
 打算的なことを考えて右隣をちらりと伺う。特徴的な赤毛の青年。見た目はマジメそうだ。学ランが長いのがなんとなく不良っぽい気もするが、話しかけるだけで因縁をつけられたりはしないだろうと踏んだ。

『なあ、きみ』
 朝のHRを終えた直後に話しかける。がやがやとざわつく教室内でも僕の声は届いたらしく、「なんでしょうか」と相手は柔らかく微笑んだ。意外と話が通じそうな男だ。
『僕は今日からこのクラスに転入してきたわけだが、指定の教科書以外に必要な参考書とかってあるかな?もしあるのなら申し訳ないが、買うまでの間少し見せてもらいたいなと思って』
 それを聞いた彼はふむ、と一つぎこちなく頷いて数秒の間考え込むようなしぐさをした。それからぱっとこちらに顔を上げて「あなたの社会の選択科目ってなんですか?」と聞いてきた。

『科目か、それなら地理だ』
「そうなんですか?実はわたしもなんです。確か地図帳と解説書が要るはずなので後でお見せしますよ、なんなら売ってる書店の名前も教えましょうか」
 ほう、と僕は心のなかで感心した。店まで教えてくれるとは中々親切なやつだ。この男の隣になれてラッキーだった、例えば髪をスプレーでガチガチに固めた不良なんかは頭の中の方も反骨精神とやらで凝り固まったやつらばかりなのでここまですんなりとはいかなかったろう。

『それは助かるな。でもそこまでやってくれるなんていいのか?』
「まだこちらの土地にも慣れていないでしょうから」
 そう言ってはにかむ男を僕はいたく気に入った。もしかしたら新しい地での初めての友達ができるかもしれない、そう思い始めていた。
『ありがとう。それで、えっと、君の名前を聞いても良いかな』
 彼は微笑む表情を崩さず、丁寧に爪の手入れされた、男にしては綺麗な手を胸に当てた。大きめの口が品の良さそうな弧を描いて僕に言葉を継ぐのを、新しい季節にふさわしいスッキリとした気持ちで聞いていた。


「わたしは花京院、花京院典明と言います」
「クラスメイトとして、どうぞよろしくお願いします」
『ああ、よろしく』





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