君と未来を歩む | ナノ




髪の毛



窓の外でセミがジャンジャンと大きな声で鳴いている。それにタイミングを合わせるようにして、額から吹き出た汗の一粒がほおを流れ落ちていった。


『おめーの髪ってさ』
ベッドにうつ伏せに寝転がってスケッチブックを見つめる幼馴染み兼親友。その女の子顔負けのつやつやな髪を一房持ち上げる。
一瞬だけ視線をこちらに向け、軽い抗議の意を含ませた表情を見せたが、おれがいじるのを止めないことを知るとため息ひとつでまた紙の束を見る作業に戻った。

『……おめーの髪な』
「なんだようっとおしい」
『なんで切らねーの』
風紀委員の先輩に注意されたというのに、夏になっても一向に髪を切ろうとしない露伴。別に野球部でも無いのに坊主にしろだ等と言うつもりではないが、目が余裕で隠れてしまいそうなほど伸ばすのはちょっぴりフケツなんじゃあないかと思ってしまう。
それを差し引いてもツヤツヤなそれを女子に羨ましがられているのだが。
じっとりと汗で湿ったそれをぐるぐると巻くと、ある程度形が残るのが面白い。ひねったりウェーブをかけたりして遊んでいればカンに触ったようだ。手を払い除け、ムクリと起き上がった。
「髪留め買いに行くぞ」
『お、やっとか』







カメユーマーケットには、夏休み真っ最中なこともあってか家族連れやグループでの客が多い。向こうから駆けてきた幼稚園ぐらいの子供達が、きゃあと甲高い声で嬉しそうに通りすぎていった。慌てて追いかける母親らしき人とすれ違う。
『考えることは誰でも同じ、か』
「フン!代わり映えのしないつまらん考えだな」
『そー言うおめーさんもここに来ちゃってんじゃないのよォ』
エスカレーターに乗ってファッションフロアを目指す。迷子のお知らせをアナウンスしているお姉さんの声が遠くの方から聞こえてくるのをぼんやりと聞いた。
「降りるぞ」
『ん?あ、おう』



『こ、こんなのどうスかァ〜?お客さん………クヒヒッ』
「幸彦、きみ本当は分かってやってるだろ」
自分の顔の筋肉がひきつっている。それも「笑い」でだ。
女子御用達の小物ショップにさりげなく誘導して数分、様々な可愛らしい小物を勧めては問答無用で試着させる遊びに興じていた。はじめはシンプルな黒色の髪ゴムを選んでいたので疑いもしなかった露伴は、カチューシャにリボンが付き始めた時点で何をされているか気づいたようだ。
「これは……きみが着けるんだろッ!」
『おわ────ッ!?』
掴んでいた両手から無理矢理に商品を奪い取られ、あっという間に自分の頭に装着されてしまった。自分が今どんな状態か分からず備え付けの鏡を覗くと、短く切り揃えられた頭髪の上にちょこん、とミントギンガムの無駄に大きなおリボンが座っていた。
『て……
     てめーッ!露伴このやろーが!』
「よくお似合いじゃあないか西之谷幸彦!バカみたいだッ!!」
『にゃにおン!?じゃあてめーにはコイツだな!』
「ン!?」
回転する商品棚から品物を取って露伴に仕返しする。櫛を二つ合わせたような髪留めは黒と緑を混ぜたようなまだら色で、そいつの髪色とは合っていたがいまいち下品すぎた。怖いほどに無表情になった露伴はいつものことなので特に気にせず、今おれが留めた装飾具をよく吟味してみる。

違うな、コイツの色はこれじゃない。

「おい、僕はもう帰る。この髪留めは戻しておいてくれよな」
無造作に放り投げられたそれを慌ててキャッチし、棚に戻してからもう一度観察する。うん、やっぱり似合いそうにない。振り返って見ると、顔は見えないが明らかに苛立っているそいつは時折こちらに視線を送りながら、おれが来るのを律儀に待っているみたいだ。
まるで犬みたいな奴だ……いや、こちらの事など気にしていないようなそぶりなので猫か。

と。そこでちらりと目に入った“それ”に気づいたおれは、『すぐ戻る』と露伴に声をかけて店に逆戻りした。



『待たせたな。ほらこれ』
目的のものを買い終えて、さっきと変わらない位置にいた露伴に袋を渡す。無言で受け取った後露伴は袋の口をちらと開け、ちょっぴり目を細めた。
「……帰ったら代金を渡す」
『いらね。気に入ってくれたんなら良かったぜ』
どうやら小遣いが無駄にならなくて済みそうだ。さっきよりは幾分か表情を緩めたそいつは機嫌が直ったのか、一人で先にいくことはせずおれと同じ歩幅で歩いてくれた。





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