君と未来を歩む | ナノ




別れる道と同じ風景



「芸術選択は?」
『音楽』「僕は美術」
『英語と数学のコース選択は?』
「どちらもチャレンジコースだな」『おれは実践コースから始めようと思ってるぜ』

入学式も上級生との対面式も終えて数日。小学校よりも長くなった授業時間や、しつこく勧誘してくる部活動に順応する暇もないほどに忙しく時間は過ぎていっている。


「見事にバラバラだな」
つまらなそうに用紙を揺らしながら、椅子を後ろに下げて机に寝そべる体勢をつくる露伴が言う。掃除も帰りのホームルームも終えられた教室の窓は開け放たれていて、適度にあたたかい風と窓ガラスの汚れで遮られない夕日の光の中におれ達はいた。
今日と昨日、それぞれのクラスの担任から配られたいくつかの教科でのコース希望用紙に、かりかりとシャープペンシルを走らせる。鉛筆と違い、ちょっと力を入れただけでパキパキと芯が折れていくのはすごくもどかしい。なんで校則は鉛筆を持ってくるのを禁止したんだろう。


ノックボタンを親指の腹で押して、短めに芯を出す。重ねた用紙をめくり、次の希望を書こうとして手を止めた。
『そういやーよぉ、部活動は何にしたんだ?』
「まだ出してない」
『マジで?てっきりもう美術部に出したと思ってた』
心底驚いた。将来は絵の仕事をすると小さい頃から決めていたはずだと。それを言ったら、ますます顔をのっぺりと無表情に変えてきた。
「………きみは僕といないことになにも感じないのか?もしくは一緒にいて何も思わないのか?」
最後の音を口から発して、不機嫌そうににそっぽを向いた。
傍にいて何か……?


『そうだなァ、確かに露伴と別々になるのはちょーっぴりサミシー気もするけど』
シャープペンシルを下唇に押し付けて、考える。自分とこの親友は出会ったときから今までずっと一緒にいたのだ。クラスも選んだコースも違って今まで以上にこいつとの時間が減っていくというのは、あまり想像できない。

『でもよぉ〜おれ達もう中学生だぜ?友達より自分のやりたいことをやるべきじゃあねぇーの?』
そう答えれば、ニヤリと口の端をゆるめた我が親友はこちらに向き直る。
「そういう君はどこの部活に入るのさ、ン?まさか僕に聞いておいて決めていないってことはないだろうな」
つまんだ紙をヒラヒラと揺らしながら尋ねてきたのを、呆れ半分で答える。
『おめー揚げ足をとるように……最初はロードレース部に興味あったけどよ、おれんち母さんがパートから晴れて正社員なってさ。家のことはおれがやらなくちゃあいけない』
「なんだ、結局か」
肩をすくめて部活動志望の紙を手放す、


って!
『おい!紙!』
慌てて露伴に声をかけるが、知らんふりをしてやがる。もしや、たった今自分の手から重要なブツが落ちたのに気づいていないのだろうか。落ちた紙の方はふわりとその足元に落ちた。
「ああ、この紙か。いいじゃあないか、別にもう要らないんだ」
『は?』
意味の分からないことを、と思いかけたが。露伴にも何か理由があってのことなんだろう。小学生後半の疑心暗鬼な幸彦くんからは生まれ変わったんだ。もしかすると部活に入れないおれのことを思って、後でこっそり希望を書くつもりなのかもしれない。


色々と自分をなだめているうちに、先に先生に提出してくると言って立ち上がった露伴は、足下の紙には目もくれずにぐしゃりと踏み潰した。




「なんだ、熱烈だな。そんなに僕と離れたくないのか」
『心にもないことを……!』
淡々と言い切ったこの思考の読めないやつの腕をつかんで引き留める。にもかかわらずおれをくっつけたまま職員室に足を進める。
『なあおい、さっきのあれは何なんだァ?あーゆーのちこーっと幸彦くんは感心しねーなぁ〜〜』
仕方なしに引っ張られながらも先ほどの行動の意味を問う。いくらなんでもあそこまでやらなくても、と言葉を繋げようとすると、
「いいから先生に事情を話しに行くぞ」
『事情?事情ってなんだよ』
「まあ聞いてろ」
「失礼します、1年の岸辺と西之谷ですが……」





『………おめー、よくあんな咄嗟に嘘つけるな』
職員室についた後はもっぱら露伴の独壇場だった。やれ自分は絵のスクールに通っているので部活には入れないだの、今までに受賞した作品がいっぱいあるだの、高校に入る頃にはもっとレベルの高い教育を受けて画家として生きたいだのと(最後のは多分本当かもしれない)!
口八丁で先生を押し込め、後は正式に許可が出れば晴れてコイツも帰宅部の仲間入りだ。

「いや、全てマジだぜ」
『ほぉーう、じゃあ聞かせてもらおうか!』
「きみ、僕の部屋の棚をあまり覗いたことが無いだろう」
『……………おう』
こちらに目を向けずに鞄に荷物を詰め込んでいく露伴。おれは既に支度をしていたので、そのとなりの椅子に腰かけて待つ。
「あの中には今までコンクールで貰ったトロフィーや賞状が入ってるんだ」
『ウッソでぇー。そんならおれにも見せてくれたっていいじゃあねーかよ』
「ああいうのは気安く人に見せるものではないと僕は思うね」
今日の宿題に必要なものを全て詰め込まれた鞄が、親友の背中におおい被さる。

帰り道でも露伴の答え合わせは続く。と言っても実物を見ない限りは信用しないけれど。
「実はこの前父さんに頼んで大学の通信教育をとらせて貰えることになったんだ」
『へえー、じゃあ絵のスクールってのはそれか』
「学ぶという点では間違っちゃいないさ」

『よくもまあそれだけのことを、あんな風に並べられるもんだ』
大分誇張も入ってた気ィするけど、と言えば、それが世渡り術の一つだと中学生らしからぬ発言を貰った。笑い飛ばした。



まさか本当にあるわけがと思って特別に見せて貰った棚の中に、本当に露伴の名前のはいったトロフィーが保管してあるとは。

あんぐりと口を開けた顔を、逆に笑われるまであと5分。





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