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名前がシャワーを浴びてる頃、テヒョンは名前に貸す洋服を物色していた。身長は低いわけでもないようだが男と女ではサイズ感に結構な差が生まれる。無難な物をチョイスして、まさかずぶ濡れの人間を招いて洋服を貸す事になるとはテヒョン自身全く思っていなかったと心中で独りごちる。着替えを何着かここに置いておいた自分の行動を褒め称えた。
他の仲間同様、テヒョンもこのホテルに女性を連れ込んでそういった行為をすることもあるため、情事後にシャワーを浴び、着ていた服を再び着るのがなんとなく不快なので置いておいたというのが理由なわけだが。せっかく性欲を発散させて、汗を流した後に、情事前のもつれ合いでついた女の匂いのする衣類を身につけるのは嫌悪感があるから、なんて自分もなかなか無情な人間だとテヒョンは思う。しかし、無情だからといってその場限りの相手をぞんざいに扱うわけではなく、気配りを怠っているわけではない。自分が最大限満足するためには、相手も同じところまで登り詰めさせなければいけないことを知っているからだ。そういったテヒョンの振る舞いが、相手の女性の誤解をうみ、彼が自分に好意を寄せているかもしれない、また次の機会があるかも、といった期待を持たせてしまうのが難点でもあった。テヒョン自身、最中は感情が高ぶってはいるが、事が済んでしまえば先ほどの熱がすべて冷めてしまうのはどうすることも出来ない。執着というものがいまいち分からなかった。


それにしてもあの子は不思議な子だなとテヒョンは名前のいる浴室へと視線を向けた。
ここへ来る途中に花壇に横たわっているのを見つけたんだ。最初は死んでいるんだと思った。雨に打たれながら花に囲まれているその光景は、何ともいえない綺麗さがあって、小さい頃に見たお伽話の中のお姫様を連想させた。しかし、そんなファンタジーのように小人達が花を手向けに寄ってくることは当たり前に無くて、彼女はただ一人ぼっちで。どうしてここを死に場所に選んだんだろうとか、どうして死んでしまったんだろうとかを考えていた。小人が来ないならせめて自分だけでも花を供えてあげたいと思って近付いたら、呼吸をしていることに気付いた。彼女は生きていた。生きている彼女と話をしてみたかったな、と残念に思っていたから、胸が高鳴った。ゆえに、思わず声をかけた。
「土になりたい」と彼女は言った。だからテヒョンは彼女が土になった後の花壇を想像してみた。イメージしたものは満開に咲いている花々でとても華やかではあったが、彼女がその栄養源になってしまうのは勿体無い気がした。
自らの手を伸ばして彼女を起こした時に合った瞳と瞳。瞳の中をジッと見ていると、その奥に渦巻く何かに引き込まれそうになって、興味を持った。
その他大勢の枠に入るでもなく自分が女の子に興味を抱くなんて滅多にない事だったので、テヒョンは感情のまま彼女の手を引いて歩いた。



屋内に入った時にはもうここがラブホテルだということには気付いていただろうが、戸惑いも抵抗も見られなかった。それに、テヒョンの嫌いな自分へ向けられる媚びるような目も、縋るように絡められる腕も、吐き気のするような甘ったるい香水の匂いも無かった。しかも、一緒にシャワーを浴びるかと問うた時に返された言葉もそうだが、あの表情と声音。何の感情も読み取れない。自分を可愛く見せる為の見え透いた薄ら寒い言葉や、わざとらしく恥ずかしがる態度に慣れてしまい飽き飽きしていたテヒョンには新鮮でしかなかった。


名前が浴室から出る頃には、テヒョンは別の部屋でシャワーと着替えを済ませ、綺麗に畳んだ洋服を名前の為に用意しておいた。ベッドに座って待っていたテヒョンはバスタオル一枚だけで出てきた彼女に視線を向ける。彼女はそのまま着替えに脇見もせず、テヒョンに近寄り隣に腰かけた。

「服着なよ、風邪引くよ」

「…しないの?」

「しないよ」

「どうして?」

どうしてと聞かれても、テヒョンは彼女をここへ連れてきた時から一切そんな気などなかった。いつもならこんな状況にもなればすぐに押し倒して、柔らかな肌に手を滑らせているが、今はただ、彼女がこれ以上寒い思いをしないように濡れていない服を着せて、温かい布団で包んであげたかった。

「セックスした方がいい?」

「……え?」

「セックスした方が名前は安心するの?」

「……分かんない」

分かんない、とまた名前は小さく呟いた。
テヒョンは立ち上がり、自分の用意した着替えを手に再びベッドに腰を下ろして、トップスを名前の頭に通した。「ほら、こっち手通して」と促すと名前は言われるがままに服を着る。ボトムスはさすがに自分で着させたが、「下着は乾くまで我慢ね」と言い頭を軽く撫でると彼女の纏う空気が柔らかくなった気がした。着替えを済ませた名前の肩を優しく押して、ベッドに横にさせる。テヒョンは布団を引っ張って自分も横になり、名前をそっと抱き締めた。華奢な身体に回した手で、その背中をリズム良くぽんぽんと叩くと「あったかい」と名前の声と鼻をすする音が聞こえてきた。

「おやすみ」

どうして泣いているのかなんて聞いたりはしない。
願わくば、目覚めた時に彼女の笑顔をひと目見てみたいと思った。





title:青春





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