猛獣チワワ<2>






…真弓って誰だ?


休み時間だというのに、大人しく一人着席したまま考え込んでいると、周囲から小さな悲鳴が上がった。

その声にびっくりして周囲を見渡すと、クラスメイトが咄嗟に俺から目を反らす。

そんなあからさまな態度に少し傷つきながらも、斜め前方に目を向けると、猛獣チワワが化粧に勤しんでいる。

…相変わらずで何よりです。


再び思考を戻す。

真弓とは一体誰なのだろう。分かる事は、猛獣チワワは真弓が好き、という事だ。真弓という名から、女だと推測出来るが、女の様な名前の男かも知れない。俺の名前が「あゆ美」という名前であるように。それに先日、俺は猛獣チワワに…その、お、襲われたのだ。だから、チワワはホモの可能性が高い。だから、その、真弓はもしかしたら、


「顔赤っ、きっも」


いつの間にか側に来ていた猛獣にボソッと呟かれる。羞恥でさらに顔が熱くなる。


「…ぅうっ」

「だから、コミュ障かっての。」


ハハハっと、初めて見た猛獣チワワの笑顔に、俺は何だかどうしようもなく泣きそうになった。


「…何だよっ、何で泣いてるんだよ。」


正確にはまだ泣いてないのだが。チワワは、らしく無く焦り慌てだした。


違うのだ。悲しくて泣きそうなわけではない。猛獣チワワの笑った顔を見て、嬉しくて泣きそうなのだ。


この学園に入学して、今まで俺に声を掛ける人間なんて教師か教師に言伝を頼まれた生徒くらいだった。しかも内容は必要最低限で、相手は顔を青くして逃げるように言っていく。おおよそ会話には程遠い。


なのに、猛獣チワワは悉く常識を覆すような奴で。誰かが連絡事項以外で俺に話し掛けてくれたのは昨日のチワワが初めてで、こんな意味のないようなやり取りで笑ってくれたのもチワワが初めてだった。

何でもないような事が泣きそうなくらい嬉しい。

あぁ…あんなに怖かった猛獣チワワが百面相している。それが面白くて俺の喉からクスクス笑いが零れた。

周囲の視線を感じる。


「…ったく、意味わかんね」

「…あ…ぅ」


猛獣の呆れた顔が怖くて、俯いてしまった。その後もチワワの視線が俺に注がれて羞恥で汗が流れる。


「…うぅ〜っ…」

「顔真っ赤、面白れ。まじ、未確認生命体。」

「未確認生命体はお前だ。」


声は猛獣チワワの背後から聞こえた。


「ぁあ゛ん?」


チワワがドスを利かせた声で俺を睨んできたので、俺は恐怖で泣き叫びそうになりながら、必死に首を横に振る。


「後ろだ、バカっ」


猛獣チワワの背後には。あの鬼の風紀委員長がいた。








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