桃が運ぶ想い
「テル、どうしたよ?」
布施は俗に言うヘビースモーカーという奴である。
何でも、1日に3箱は軽く吸いあげるという。
今日も布施は裏庭でヤニを吸い、空に煙の輪っかを作る。
「どうもしねーよ。」
「いーや。明らかに可笑しいよ今日のお前。…恋でもしたか?」
向かいに座っている本島の発言に、ブッと吹き出す。
「汚ねーな。」
地面に生えている草を意味もなくブチブチと引っこ抜く。目の前の二人には力では到底適わないから雑草に八つ当たり。
「ぎゃははっ!鴨志田のキレた顔、まじブサイクっ」
…俺は向かいでヒーヒー泣き笑いしている奴をいつか殺してやる。
「煽るな、なつ。…テル、悪かったよ。からかったりして。だけどよ、今日のお前は何だか…なぁ?なつ。」
「ちっげーよ!!!恋なんかじゃねーよっ!!!」
…そう。恋なんかではない。
断じて恋なんかではないし、そんなちっぽけなモンでもない。
「じゃあ、何でそんなに焦ってんだよ?」
「顔赤いし。」
「怪しいな。」
目の前の二人は連帯感を持つと、あからさまにヒソヒソとそばたてる。
「…〜っいい加減にしろよ、馬鹿どもっ!!ちげーっつってんだろっ!!!」
布施は少し痩けた頬を引き上げる。
「あぁ、そうだな。何つーか…魂が抜けちまってるっつーか。心、此処に在らずって感じだな。」
本島は手持ち無沙汰になると睫毛を抜く癖がある。だから奴の目には睫毛が数本しか無い。
「…なぁ、テル?何か悩んでるんなら、俺らに話してくれよ。ダチじゃねぇか、俺ら。」
「…別に悩んでなんかねーよ。ただ、少し気になっただけだ。」
そうだ。昨日からあのキツネ野郎の事が気になって仕方がない。
俺だって出来ることなら気にしたくない。気にしたくもない。
でも、仕方ねーだろ。あのつり上がった目が。ニヤついた顔が。少し掠れた声が。俺の頭から離れない。何度も蘇る。
「…なぁ。幽谷って、どんな奴だ?」
恐る恐る口を開いた俺に、二人は思わず顔を見合わせた。
「…幽谷ぅ?何でよ。」
「幽谷がどうかしたのか?」
「いや、ただ何となくだよ。」
なるべく悟られないように平静を装う。
「うーん…俺らだってそこまでアイツと付き合いがあるわけじゃねぇしよ。よく分かんねーよな?」
「草野ならまだしも…幽谷かぁ。何考えてるか分かんねーし。俺にしちゃあ、草野以上に質が悪いと思うぜ?」
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