6/79

自慢じゃないが私は目立つ事がこの上なく嫌いだ。自分に自信がないのも勿論あるが、元々が赤面症なせいで昔からよく男子にからかわれて来た事がトラウマなんだと思う。先生に名指しで当てられたり、前に出て話さなければならないと言われた日には顔が溶け出してしまいそうな程に熱くなり、『ゆでだこ』とからかわれた回数は数知れずだ。

だからなるべく注目を集めず、地味に地味にをモットーにしているし、その生き方を良しとしている。教室の中でも空気の様に扱われるのが一番喜ばしいのだ。

が、最近それがそうもいかない事がおきた。そのせいで本気で登校拒否を考えた位だ。先日行われた席替えにより、隣の席に黒尾くんという非常に目立つ存在が引っ越してきた。バレー部主将だという彼は競技に見合うだけの身長で座っていても私より大きく、元からクラスの中心的な人でもあるため、嫌でもクラスからの注目が集まりやすい。ついは『花田さん黒尾の隣とかかわいそう』『お前花田さんいじめんなよ』と私を空気としか認識していないはずのクラスメートから声を掛けられだす始末。『俺がそんな事する訳ねえだろ。ね、花田さん』と黒尾くんにまで同意を求められ、私は覚えたての日本語の様な妙な言葉をようやく発して『うう、ええ、いや、はあ』としか答えられずに毎日困っている訳である。

更に黒尾くんは忘れ物が多いのか、よく消しゴムやら、教科書などを忘れてきていて、貸してと言われたりもする。消しゴムやシャー芯だけならまだしも教科書となるとそのハードルは嫌でもあがり、いつも以上に距離が近くなる事で私は油の切れたブリキのような動きになる。もちろんその度に顔が真っ赤になるし熱いしで授業が身に入るわけもなく、この席になってしまった事をどれだけ恨んだことが。とは言え、最近ともなれば、黒尾くんはいちいち声をかけるのも面倒になったのか、消しゴムやシャー芯位なら私のペンケースから勝手に取っていく様になってくれたので、いちいち赤面せずに済んでいるのは少し助かる。

しかし事件は突然訪れる。

消しゴムを取ろうと手を伸ばすタイミングがなんと彼と重なってしまった。ぴと、と彼の大きな手に触れてしまったのである。一瞬しか触れていないはずなのに、手の暖かさが伝わり驚いた私は大きな音をたてて立ち上がってしまったのだ。授業中にも関わらず、だ。当然クラス中の視線が私に集まり、どうしていいかわからずに立ち尽くしていると『おーい、大丈夫かー』という先生の声すら遠く聞こえる中で彼の声だけがハッキリと聞こえた。

「あー、すんません、俺がふざけました」

座ったままの彼の手が私の肩に触れ、座れと促された。気絶寸前の私はそのまま力なくストン、と座る。『こらー、授業中にふざけるとか黒尾ー』という先生の言葉にクスクスとした笑いが起きる。私のせいなのに黒尾くんが怒られてしまった。けど謝りたいのに体が強張って動かない。

「悪ぃ、ごめんな花田さん」

顔の前で片手をかざし謝る黒尾くんにギギギとようやく首を動かし、

「ワタ、私こそごごごめんなさい」

しまった、声裏返ったと思うのが遅かった。黒尾くんは盛大に吹き出し、何度目かの注意を先生から受ける。横を向いたついでに彼を初めてしっかりと見ると、思いのほか優しい眼差しにドキリとする。

「花田さん、アレだわ、ゆでだこみたいだわ」

クックッと彼は笑いを引きづりながら涙を拭く。その姿がトラウマを思い出させ、自分の表情が固まるのがわかる。からかわれている、と頭の中で警鐘がなる。

「すみません、せ、せ、赤面症ですので」

「うん、知ってるー」

ニヤリとする彼は完全に私をからかっているのだろう。そう思うと胸がチクリとする。

「そやってどもるの、かわいーね」

黒尾くんからすればなんのことはない会話なのだろうけど、私みたいに地味に生きてきた人間にとってはとっても恥ずかしい事で、もちろん顔なんてとっくに真っ赤になっているし、授業に集中なんて出来る訳もなく。ただ小心者な私はこのまま小声であろうとも話している事に引け目を感じたのでノートの端っこをピリと破いて『からかわないでください』とだけ書いて隣の席にすっと渡す。

少しすると長い腕がスッと伸びてきた。ノートの上には先程の切れ端。『からかいたくなるタイプ?』と書きなぐられた文字。わかっていても実際にからかって遊んでいるだけだと思うと視界がぼやけた。黒尾君みたいな人が私みいたいなのをからかうだけでただでさえ無い自信がより一層なくなるというのに。

『そういうのキライです。やめてください』同じようにメモに書いて渡すと、またも長い腕が伸びてノートにメモが落とされる。『キライなんて言わないで。傷つくから』と書かれていた。ハッと彼を見ると、ニッと笑って今度は自分のノートとピリリと破きごそごそ書いて投げて寄越す。

『気になる子をからかいたいのはオトコノサガ』とだけ書いてた。言葉の意味を理解して顔が弾け飛びそうな位に熱を集めた。

私の地味な生活はもう戻ってこないのかもしれないと思った火曜日の3時間目。







20140921


mae ato
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -