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三年の一番キレイな美人の美女が赤葦のこと好きなんだって!マドンナだよ、マドンナ!とクラスの女子に言われた。
「…へえ」
「反応薄すぎ!」
とりあえずくれたヒントはほとんど同じ意味だし、名前も顔もわからない不確かな情報でどう喜べと言うのだ。しかもマドンナ、という響きが胡散臭い。
それでもウキウキとした顔で俺を見つめるクラスメイトの期待に応えるべく、嬉しいなぁと言うと棒読みかよ!と吐き捨てるように言われた。
なんだと言うのだまったく。
「木兎さん、三年のキレイな美人の美女って誰だか知ってます?」
昼休みに購買に向かう途中で出会ったバレー部の主将になんとなく聞いてみた。
「なんだそれ」
なんだなんだ?恋でもしたか?と少しそわつく木兎さんを見て、聞く相手を間違えたことに気づく。こういうのって小見さんか木葉さんの方が詳しそうだよな。
「いや、なんでもありません」
「なんだよ〜」
俺の知り合いなら紹介してやるのにとブーブー言っている木兎さんの言葉をありがたくお断りして立ち去り掛けた時、ちょっとと、少しだけ尖った声がした。
「木兎!日直の仕事!忘れてるでしょ!」
この位置からだと、どうやら木兎さんの影に隠れてしまっていて声の主は確認出来ないが、なんとなく惹きつけられる声だ。
「ノート集めて化学室って言われてたでしょ?」
「あ、やべ忘れてた」
「やっておいたから」
「サンキュー。さすが花田」
神様仏様花田様、と拝む様に背中を丸めて手を合わせた木兎さん越しにようやく本人の姿が見えた。
純粋にキレイな人だなと、思った。
こんなキレイな人いるんだな、と。
花田さんと呼ばれたその人の周りだけ、月並みな言葉で言えば空気が違うように見えた。
この人だったらいいな。
俺のことを好きらしい、とクラスメイトが言っていたのがこの花田と呼ばれた人だったら。
そう思うと胸が早鐘を打ち始める。ドキドキと大きくなる音に、少なからず動揺すた。一目惚れとかする人種だったのか、俺。
俺に気づいて驚いた彼女はペコリと、頭を軽く下げて立ち去った。
「赤葦、さっき言ってたやつって花田のことじゃね?」
ニシシと木兎さんが笑う。でもあいつダメだぜと。
「あいつ俺の彼女だから」
「はぁ…そうなんすか」
木兎さんて彼女いたんすねと軽口を叩く余裕があったのは、一目惚れをして失恋するまでの時間が浅かったおかげかもしれない。
三年の?美女が?俺を好き?
誰だそんな適当な噂を広めたやつは。
おかげで授業中はイラつくし、部活の時も木兎さんが視界に入る度ズキッと胸が痛むし、動きは鈍いしで最悪だった。
何が時間が浅いだ。十分過ぎるほどショックを受けている。
何度も零れそうになるため息を堪えながら校門を潜る。デートだからとそそくさと帰ってしまった木兎さんは、今頃あの人と手でも繋いでいるのだろうか。そんな事を考えていたら思わぬ人がいて、あ、と声が出てしまった。
花田さんは俺の声に驚いたのか、目を大きく開いてパチクリとゆっくり瞬きをした。
「木兎さんならさっき着替えて出てきましたよ?」
会いませんでしたかと言うと彼女は首をかしげる。
「木兎ならさっき会ったけど。小見と木葉と三人で遊ぶって」
「え?だって待ち合わせじゃないんですか?」
「なんで私があいつと待ち合わせるの?」
友達を待ってるだけだよと彼女は笑う。
話が噛み合わない。
「木兎さんとデートなんじゃ」
「なんで私が木兎とデートするの?」
彼女の頭上には大きなクエスチョンマークが見えるが、それは俺も同じことだ。
「だって、彼女なんですよね?木兎さんの」
「え!?まさか!違うよ」
首が取れてしまいそうなほど横に振って否定をする彼女。
「だって私、好きな人いるから」
というのはどうやら予定には無かったのか、言ってしまってから真っ赤になっている。
それが移ったのか俺まで照れて、あぁそうですかとかごにょごにょとしてしまう。
友達が来たからと、慌てるように立ち去ろうとする彼女がカバンから取り出したのは、見覚えのあるそれ。
首まで赤くしたのを隠すようにぐるぐるに巻かれた落ち着いた色合いのチェック柄マフラー。
「あ、それ…」
俺は自分の首に巻いたものを確認するように触った。
彼女はそんな俺の手を視線で追って柔らかく微笑む。
「マフラー、赤葦くんとお揃いだね」
バイバイと振られた右手につられて片手を上げた。
ドキドキとさっきよりも大きな音がする胸のらへん。
なんで俺の名前知ってるとか、聞きそびれたなと上げた片手を口元に持っていくと、無表情と言われる事の多い顔が思いの外緩んでいた。
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