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 酒酔い天使にご注意です・前編【ユリフレ・甘】



茜色の空が成りを潜め、星が顔を出そうとしている晩時。ギルドの街、ダングレストは一層賑やかになっていた。主に酒屋が繁盛し、引っ切り無しに騒ぎ声や笑い声が聞こえてきていた。
ダングレストの街を、ユーリはそれらを耳にしながら歩いていた。四方八方から聞こえる喧騒に、煩いと不快に感じることはなかった。何しろ、自分が生まれ育った下町が同じ様な雰囲気であったからである。
最近は凛々の明星の本拠地のここと、下町で過ごす時間で二分されている。故郷に長いこと帰らなくても平気なのは、ダングレストが気に入っているからかもしれない。
しかし、一番の要因はつい最近恋人になった、フレンだろうとユーリは思った。彼が良い方向へと変えようと奮起している帝国、そして自分と同じ彼の故郷の下町。フレンが居るから、安心して離れていられると思えるようになったからだ。自分は思う通りに動いていたのだが、休息を貰ったのならそれを有り難く頂こう。そう決めたユーリは、カロルの頼みを快諾した。
あまり人が入っていなく、且つ安くて美味い店。それに焦点を絞り、見た目がそうであろう店にユーリは入ろうとした。

「やっぱり凄いですね、シュヴァーンたいちょー!」

近からず遠からずの所で、愛しの人の声が聞こえるまでは。
踏み出そうとしていた足を思わず止め、声がした方向をゆっくりと振り向く。態と緩慢に。何故なら、その声が紡いだのは自分ではなく、尊敬する主席隊長様だからだ。苛々しない訳がない。
口元には薄ら笑みを浮かべ、黒い雰囲気を醸し出しているユーリ。半径一メートル以内を、人が怯えて避けているということはどうでも良かった。光を僅かに失い細められている、闇色の瞳が非常に腹立たしいものを捉えてしまったからだ。
「な、何もしてないわよ! そんな恐ろしいこと、出来る訳ないでしょ!」

若干目に涙を浮かべながら、まだ殺されたくないとレイヴンが慌てる。そんな顔が可愛いのはフレンだけだ、と思いながらユーリは剣を鞘に収めた。何時でも抜ける様にと、依然下ろされない剣を彼は引き攣った笑みで見ていた。
フレンが自分のものだとわかっていての、この狼藉。ユーリとしては見過ごせない訳もなく、レイヴンに冷ややかな視線を送る。何かやましいことがあるのか、彼は慄きながらも降参の意を示した。

「こら、ユーリ! レイヴンさんに、そんなことしちゃ駄目じゃないか!」

今日の所は、こうなった事情を聞いて許してやろう。百歩譲ってそう思ったユーリだったが、身を乗り出したフレンの言動に衝撃が走った。
子供を叱りつける母親の様な口調、ユーリを指差してめっと言う行動。怒りの感情を一瞬で忘れられる程に、それには破壊力があった。普段の生真面目な姿からは想像出来ない、甘々なお説教にユーリは撃沈した。
いきなり蹲ったユーリに、爆弾を仕掛けた張本人は首を傾げていた。小悪魔、と内心で呟いたレイヴンは眼下に居る彼を同情する目で見ていた。

「……フレン、部屋に戻って説教されたいか?」

「お説教? 僕、何にも悪いことしてないよ?」

「沢山したから説教するんだよ。そりゃもうたっぷり、お前の身体に……」

「青年! 人様を誤解させる様な発言はよして頂戴!」

可愛らしくお小言を言うフレンに、ユーリは自制というのを忘れたみたいだ。紫紺の瞳をぎらぎらと欲で光らせ、フレンに顔を近付ける彼の表情や声は妖艶な夜の雰囲気を纏っていた。
これがフェロモン放出兄と言わせた、ユーリの色気かとレイヴンはいっそ感心していた。だが、二人がそういう関係だと思わざるを得ない彼の発言と迫っている様子に、周りがちらちらと目線を向けてきていた。
これはまずいと本能的に悟ったレイヴンは、ユーリの肩を掴んでフレンから離しながら言った。そうすると、やっと今の状況を再確認みたいですぐにポーカーフェイスに戻った。

「? 変なユーリぃ」

ちょこんと首を傾げて、大きな空色の瞳を更に丸くさせる。それにまた、ユーリが大きな溜息をつきながらフレンの隣の席に座った。脱力したと言っても過言ではない。
酒の所為で幼くなったフレンの一挙一動に、ユーリが何とか持ち堪えているということを、レイヴンは痛感せざるを得なかった。テーブルに突っ伏して悶絶している辺り、効果はあまり持続しないものと見受けたが。
これは早々に、フレンをお持ち帰りして貰った方が賢明かもしれない。決して、自分の命が惜しいと思ったからではない。

「フレンちゃん、もう出来上がってるでしょ? 青年、早く連れて帰ってあげたらどう?」

「……誰の所為でこんなことになったと思ってんだ」

努めて平静を装って言うと、フレンの破壊力に耐えて疲弊したユーリが気怠そうに返してきた。目は胡乱気であったが、この場からフレンを離れさせることが出来て良かったのだろう。
ユーリが参っているのは、フレンの破壊力だけではなかった。酒場に居る客に通行人諸々、酔った魅力的なフレンに視線を向けているのも問題だったからだ。そんな厭らしい目で見るな、と憤慨する感情を抑えるのも大変なのだ。
何を思っているかわからないレイヴンの、その言葉だけは有り難く受け取っておく。だが、フレンと一緒に飲んでいたことと酔わせたことについては、まだ解決していないので大人しく帰りはしないが。

「そもそも、おっさんがフレンに酒飲ませなきゃ良かった話だろ! ってか、何でフレンと居るんだよ!」

「二つ目は完全に八つ当たりよね!? ……まあ良いわ、話は簡単よ。ユニオンに会合に来たフレンちゃんを見かけて、おっさんがご飯に誘ったの」

ありのままのことを簡潔に話すと、ユーリは不機嫌そうに間延びした返事をした。自分はフレンと会えていないというのに、という妬みの感情が駄々漏れだ。
普段、ポーカーフェイスのユーリにしては珍しい変化だ。だが、その原因はレイヴンだけとは言わず、仲間達全員がわかっていることであった。彼はフレンが関わると、非常にわかりやすくなるのだ。それはフレンに対する想いも然りだ。

「何もなかったことだけは褒めてやる。ほら、面貸せよ」

「いやいやいや! 殴られることわかってて、顔出す程おっさんは被虐的じゃないわよ!?」

「良いじゃねぇか。ってか、おっさんは一回殴られるべきだ」

フレンと一緒に飯食って酔わせて、あんな顔を独り占めまでしたんだからな。いつの間にか戻っていた、大魔王の笑みを浮かべながらユーリは言った。左拳を構えているのを見て、レイヴンは直感的に思った。あ、逃げられない、と。

「……へ?」

しかし、訪れる筈の衝撃は一向に来なかった。強く瞑っていた瞼を開き、痛みに耐える準備をしていた身体から力を抜く。視界に入ったのは、左拳を上げたまま一点を見つめて動かないユーリと、テーブルに突っ伏すフレンであった。
どうやら、二人が押し問答をしている間にフレンは眠ってしまったみたいだ。質素な木のテーブルに寝ている、彼の寝顔はまるで天使の様だった。
可愛いと思う直前(可愛いの「か」を言う暇もなかった)、ユーリの蹴りが脚に炸裂した。衝撃に耐える準備をしていなかったレイヴンは、間抜けにも膝から崩れ落ちてしまった。
「んじゃ、ここは任せたぜ? おっさん」
これは罰だと言わんばかりの、悪い笑顔と共にユーリは去って行った。酒場に降り立った天使、もといフレンを背負って。
ダングレストに街に消えていく二人を、レイヴンは涙を滲ませながらも微笑ましげに見送った。



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