世界は案外簡単だった | ナノ
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私も、ありがとう  



ゆっくりと沈んでいたローさんの体は上へ上へと運ばれていった

「(ああ…これであの人は助かる)」

海の底からその光景をただ見ている事しかできなかったけど、あの人が助かるならなんでもいいや
ふとその時、ローさんを運んでいたペンギンとシャチがこちらを見ていることに気がついた

「…?」

二人は上を目指しながらも、私が視線に気がつくとこちらに手を伸ばしてきた

「…!」

馬鹿なんじゃないのか、と
私は今霊体で、なんでクルー達に見えているのかも分からないのにすぐにでも消えてしまう存在なのに…でも、涙が止まらない

「「行くぞ!」」

ごぼごぼ言ってて何言ってるかあまりよく分からないけれど、一緒に行こうと言っているに違いなかった

「ほんとにっ、ばかだなぁ…!」

その手を掴もうと、私は傍観していた体と思考を浮き上がらせた


「げほげほっ!!…ごほっ!」

「上がってきた!!」

「おいタオル!」

ローさんを船へとあげると、クルー達が一斉にその周りを取り囲んだ
皆医術は心得ている為、今のローさんに必要なものが代わる代わる持ち運ばれていた

「ぎゃぶでん″!!よ″がっだでず!!」

助けに飛び込んだクルー達も全員船に乗り込んでいた
シャチなんか涙なんだかよく分からないものがでている
私も船へと上がり込むと隅の方で様子を見守っていた

…海軍は見当たらなかった

「はっ!?ナマエ!?」

「え?」

すると突然、船の上にずっといたであろうクルーから名前を呼ばれた
その声につられるように一斉に視線が私に集まっていた

「ナマエ!?なんでここに!?」

「おま、なんで…!」

皆思い思いの言葉を口にするが、一番驚いているのは私だった

「なんで…」

ぽろっと溢した言葉でさえ聞こえているようで、再びクルー達の騒ぐ声は一際大きくなった

「生きてたのかっ…!?」

「いやでも透けてる…」

「ぎゃああ!やっぱり幽霊!!」

皆驚きのあまり、思考と共に動きまで止まってしまったようで、今は私が見えてるとか見えてないとかどうでもいいから…

「「お前ら/あんた達そんなことは後でいいからとにかく今は動け!!」」

早くローさんをなんとかして欲しくて声の限りに怒鳴ったけど、ペンギンとハモってしまった
怒鳴られたクルー達は肩を上下にさせ、また一斉に動き出した
私は驚いてペンギンの顔を見たけど、ペンギンは少しだけ笑ったかと思うとすぐに行動に移った

「ナマエさんっ…!」

皆がバタバタとしている中で、奥の方から聞き慣れた声が聞こえてきた

「ユリちゃん…」

「…ナマエさん、」

何も言わず、いや言えないのかもしれないがユリちゃんはただ黙って私を見つめていた

「ご、」

「全部、聞いてたよ」

ユリちゃんが言葉を発するのを遮るように、私は口を開いた

「!」

「うん、全部聞いてた…だから分かってる」

ユリちゃんは一瞬驚いた顔をするが、すぐに真剣な顔になった

「…私は、貴方を尊敬してます」

「…尊敬されるような事してないけど」

疑問に思いながらもユリちゃんの目を見つめた

「いいえ、…私は、いくら仲間の為でもあんなに潔く、恐れも迷いもなく死ねません」

「あの時は、色々必死だったからなぁ…」

あの時は必死で、船も降りようと思ってて、全部託そうとした
こんなに穏やかな気持ちで話せるなんて思いもしなかったけど

「途端に、怖くなりました…なんて世界に来てしまったのだろうと
確かにこの世界に来たのは間違いなく私の意思です
でも、こんなに…」

今までの事を吐露するように、ユリちゃんは静かに喋り出した

「画面越しに読んでいた文章の通りになるのだと、信じて疑いませんでした…夢見たいな世界が広がって居るのだろう、これからはなんにも心配しなくていい、と
でも、全然違くて、あっちの世界にいた時みたいに上手くいかなくて
ああ、やっぱりこんなにも世界は難しいんだなと改めて思いました」

「!」

「(…世界は案外、難しいや)」

最後に見た青空が、脳内を掠めた

「簡単に決めていい事じゃなかったんですよ、私、馬鹿だと思います
何の力もなく、何の役にも立たず、ただ居るだけ
これがどんなに恥ずかしいのか身を以て知りました
好きな人と共に生きてみたい
これがこの世界でどんなに難しい事か分かりました」

目の前の彼女はそこで一呼吸置いた

「貴方が刀を心臓に刺した時、私は何も考えられなかった
怖いという感情しかなかった
何が起きてるのかわからなくて、船長の背中越しにただみてることしか出来なかった
どうして私と同じ世界から来てるのに、あんなにも恐れもなく死ねるのかと
…暫くして、私だったらと考えました
あの時の私だったらきっと、怖くてただただ震えて泣いてることしかできなかっただろうと思いました
…仲間の為に、私は自分の命を賭けられないと
私は本当の意味でこの世界に来てなかったんです
…だから、今度はちゃんとこの世界で生きていきます
ちゃんと、この世界を受け止めます…ナマエさんのように」

そして私の目を見る
彼女の目には、覚悟が見えた

「守られるんじゃなくて、守ります
ナマエさんが守りたかったハートの海賊団を、託してくれた船長を今度は私が、守ってみせます」

ユリちゃんは穏やかに、笑っていた
初めて会った時のように、ふわふわしてた空気はどこにもなかった

私、やっぱり間違ってなかった

「…私、トリップして来たのがユリちゃんで良かった」

「それはこちらの台詞ですよ、ナマエさん
私に、世界を与えてくれて、ありがとう、ございます」

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