10
ガチャン、という音と共に扉が閉まるとそこには静寂が広がった。
あまりの静けさに私は膝を折り体を丸める。
「…、」
…本当に静かだ。
まるで何も存在していないかのようにとても静か。
空気さえもないように感じる。
その時、背中にある翼が少しだけ音を立て私の体を包むように広がった。
ずっと違和感がなく、そのままにしていたが私の背中に今でも生えている。
「なんで…」
この言葉さえ一滴の水を落とすようにすっ、と消えた。
この静けさに耐えられなかった私は膝に顔を埋めてぎゅっ、と目を閉じる。
元の世界に帰れると一縷の望みをかけて。
「あらら…」
センゴクさんに報告をし、図書館で図鑑を見て帰ってくるとナマエちゃんは体を丸めたまま寝てしまっていた。
「…本当に、天使みたいだよね…。」
コントロールが出来ないのか、翼は出しっぱなしになっている。
翼の間から見える顔は少しだけ歪んでいて、俺は思わず手を伸ばして頭を撫でていた。
「こんなに可愛いのに、つくづく世の中は残酷だねえ…。」
本人にはもちろん聞こえていないが、そう言葉にしていた。
「さて、と…起しちゃうのは可哀そうだから寝かしとくかァ…。」
夢を見た。
私は今まで居た湖の真ん中にぽつり、と一人で立っている。
鎖や透明な壁、背中にあったはずの翼は、ない。
何故またここに居るのかは分からない。
「あ…」
いつの間にか、最初に見たあの金色の目を持つ人が湖の淵に立っていた。
私は初めて見た時からその目がどうしようもなく恐ろしくて堪らなかった。
でもそれと同時にとても美しいとも思った。
紺色一色に染まった夜空に光り輝く星や月のように、あの人の目もとても綺麗だった。
すると突然、あの人がこちらに向かってゆっくりと歩き出した。
ばしゃばしゃと音を立てて歩いて来た時とは違い、ゆっくりとしかし確実にこちらに向かって歩いてきている。
「え、動かない…!」
やはりその目が恐ろしいのか逃げようとしたが何故か体が動かない。
ひゅっ、と息を飲む。
体が震え、ぎゅっ、と目を強く瞑った。
ばしゃ、ととても近くで水音が跳ね、あの人が目の前に居るのが分かる。
「…?」
暫くしても何もしてこないし何も言ってこないので私は恐る恐る目を開ける。
その金色と目が合った瞬間、その人は目を細めて笑った。
「っ…!」
瞬間、景色はぶわりと一変する。
暗くて風さえなかった湖から、辺り一面金色の麦畑に変わった。
さわさわと風が吹き、麦が穂を揺らしている。
私はその金色のあまりの眩しさに目を細めていると、あの人はすっ、と手を私の前に出してきた。
「…?」
その手の意味が分からなかった私はその人の顔と手を見ることしか出来なかった。
「あの…」
戸惑いを隠せないがその人は何も言わない。
やがてこの差し出されている手を掴んでもいいのかと思いつつ恐る恐るその手に自身の手を伸ばした。
ああ…そういえばさっきは掠っただけだったな、と思いつつ私は何故か安心していた。
手を掴むという一見当たり前の動作だが、その動作はスローモーションみたいに遅く感じた。
「あっ…」
掴んだ、
「…ナマエちゃん?」
「あ…えっ…?」
気が付くと、金色の麦畑はなくて代わりにクザンさんがこちらを覗き込んでいた。
背中にあったはずの翼もいつの間にか消えている。
「すごいよく寝てたけど…気分はどう?」
「え…あの…大丈夫です…。」
…そうだった、何も聞きたくなかった私はあのまま寝てしまったんだ。
「あと少しだったのにな…、」
自分の手を見つめながらそう呟く。
掴んだ感触が全然しない。
「ん?何がー?」
「いっいえ!なんでもないです!!」
「そう?ならいいけど…あ、そうだったナマエちゃんこれから買い物に行くけど動ける?」
「買い物…?」
何か必要なものでもあるのだろうか?
それだったら何故私に聞くのだろう?
「うん、ナマエちゃんのね。」
「へ…?」
そう言ったクザンさんは先ほどと変わらずに、だるそうな顔をしていた。
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