『歪んでしまえ』

『教科書範囲外』の続編。土方視点。



桜舞う春、俺たちは逢った。
春は出会いの季節だ。特にこの学校という場は毎年たくさんの生徒を出迎え、そして送り出す。だからこれは自然なことなんだろう。

運命なんてもんは信じねえ。だがたとえ偶然だとしても、惹かれちまったんだ。おまえに。
俺は自分の年を、そして職業を呪った。それでもそんな小さな偶然が一つひとつ重なって俺とおまえを繋げてくれたのなら、憎らしいのと同時に愛おしいとさえ思った。


季節が一回りし、俺はおまえのクラスの授業を受け持つようになった。何かと理由をつけておまえを自分の根城である国語科準備室に呼びつけたりもしたな。

おまえと過ごす時間は穏やかで、俺は自分が引いている境界線がゆっくりと溶け出しているのに気付かなかった。いや、気付かないふりをしていた。


そして三度目の春、俺は滔々おまえの担任になった。

朝の少し寝癖が残る髪。帰りのホームルーム中、窓から空を眺める横顔。テスト勉強のせいでできてしまった隈。何より俺が褒めたときに見せる嬉しそうな笑顔。
そのすべてがまるで毒薬のように俺を侵していった。


二月の夕日に照らされ、橙色に染まったおまえの真っ直ぐな目。俺は本当に綺麗だと思ったよ。

分かってたさ。あの日教室で、おまえの言おうとしていたことくらい。

言わせなかった。言わせたくなかった。おまえの気持ちには応えられねえからな。

いや、違う。気持ちに応えられねえなんてのは言い訳だ。もうすぐおまえは俺の生徒じゃなくなるわけだから、ほんのひと月我慢すれば問題のない話だ。
……本当は怖かったんだよ、失うことがな。手に入れちまったら、きっとおまえ無しじゃいられなくなる。
だがおまえはどんどん綺麗になっていく。少女から大人の女へと成長し、その澄んだ瞳で広い世界を知る。そのとき、俺はおまえに選んでもらえる自信がねえ。若さに溢れきらきらと輝くおまえは、春の夜空に浮かぶ月のように手を伸ばしても届きそうで決して届かない、そんな存在なんだろうな。


「――…い…先生!」

生徒の呼び掛けにはっとして振り返ると数人の女子生徒が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「土方先生、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」

「あ、ああ。構わねえよ」

「やった!じゃあそこの教卓の前でお願いします」

式とホームルームが終わり、砕けた雰囲気の教室。おまえと会ってからの三年間を振り返り、ぼーっとしてしまっていたらしい。俺はそんな自分に苦笑を零した。

雑談や記念撮影をしているうちに、教室は段々と静かになっていった。今じゃ数名の生徒が残っているくらいだ。
いつまでもセンコーにいられるのも嫌だろうと俺は教室を後にし、煙草を吸おうと屋上へと向かった。本来校内は何処も禁煙なんだが、どうしても一服したくなったときには使わせてもらっている。

三年生が使っているのは主に一階。屋上は三階のさらに上だ。だがさすがに残っている生徒も少ないのだろう、屋上へと続く扉の前まで誰にも会うことなく着いた。
築二十年を超える校舎の扉は重く、ギィと歪な音を立てながら開かれた。

俺は薄暗い屋内から出たためにまだ太陽の明るさに慣れない目を細めた。その不透明な視界の中で見覚えのある背中を見つけ、心臓がひとつ大きく脈打った。

「――…雪村」

そう名前を読んでみるも千鶴はこちらに気付くことなく小さく肩を震わせていた。

俺はそれ以上何か出来るわけもなく、ただその姿を暫く眺めていた。



歪んでしまえ

おまえを抱きしめられないなら
いっそ壊してしまいたい




そんなことできるはずもなく、俺は歯を食いしばりながら壁を叩いた。手の痛みなんて気にならねえ。ただ胸が痛かった。比喩なんじゃなく、本当に苦しかった。

おまえは春の月なんかじゃねえ。あんな手を伸ばしても届かねえような、そんな遠い存在じゃねえんだ。
結局、俺は自分の弱さに勝てなかった。ただ、それだけだ。



fin.
一年の時を経てまさかの続編。切なさを追求してみました。

それにしても土方先生がへたれすぎる。
土千ファンの皆様、お許しください。






TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -