『教科書範囲外』
窓から差し込む陽光が眩しくて目を細める。
二月も中旬。寒さは大分緩んだものの、降り注ぐ光は夏のそれよりも強い。
私は机に頬杖をつきながら担任が生徒ひとりひとりの名前を呼ぶのを聞いていた。
それはどこのクラスでも見るような出席確認の光景。でも私はこの時間が好きだ。
ほら、もうすぐ……
「雪村千鶴」
「はい」
低く落ち着いた声。その唇から紡ぎ出されるのは私の名前。
名前を呼ばれて、返事をするだけ。ただ、それだけなのに私の胸はこんなにも熱い。
だけど担任……土方先生は何事も無かったかのように点呼を続ける。
実際、何も無かったのだ。土方先生にとっては。
私がどんなに胸を焦がしても、眠れない夜を過ごしても、彼はそれを知らないし、知ったとしても迷惑なだけだ。
一旦雲間に隠れた太陽がまた顔を出す。私は寝不足でしょぼしょぼとする目を擦った。
教室の自分の席からぼんやりと放課後の校庭を眺める。
運動部員が部活動の片付けを始めていた。
もうそんな時間なのか、と思い時計を見ると同時に下校を促すチャイムが鳴る。
本当はもう少しここにいたい。
このセーラー服を着て、授業を受けて、土方先生を見ていたい。
でも私は3年生で、もうすぐ卒業する。それは叶わない願い。
からり。
教室のドアが開く音。反射的に私は振り返る。
少し驚いたように見開かれる切れ長の目。夕日に照らされる肌。菫色の瞳が私を映す。
「土方先生……?」
「………雪村?」
教室にふたりきり。だからだろうか。私は欲張りになる。
普段は心地良いはずの声。なのに私は望んでしまう。
下の名前で呼んで。
そんな願望は口から出てくるはずもなくて、私は下唇を噛んだ。
「何してるんだ?もう下校時間過ぎてるだろ。早く帰れ」
そう言いながら土方先生は手際良く戸締まりをしていく。私はその様子を眺めていた。
先程よりも窓に近付いたことにより、土方先生の全身が橙色に染まる。それは何処か神秘的で、私は目が逸らせない。
「……雪村、どうした?」
「………っ……!!」
いつの間にか土方先生が目の前まで来ていたのに気がついて、私は思わず声にならない悲鳴を上げた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「…………」
土方先生が間合いを詰めてきたから私は慌てて身を引いた。
だって、これ以上は、私………。
「最近顔色が悪い。疲れてるんじゃねえか?」
「テストが近いので。ちょっと勉強してるだけです」
うそ。確かに勉強はしてるけど、体調が悪いのは寝不足のせい。
「お前はもう進路も決まってる。別に無理するこたぁねえだろ」
「……最後のテストですし、良い点取りたいんです」
土方先生は少し眉間に皺を寄せたけれど、すぐに表情を和らげて私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。こんなこと今までになくて、私はただただ驚いて土方先生を見つめる。
「ほどほどにしろよ」
「………」
何で、先生はこんなことをするんだろう?
私の目線に合わせるように腰をかがめて、先生は私に微笑みかけてくれた。初めて見る穏やかな笑顔。私の胸が早鐘を打つ。恥ずかしくて、俯いてしまう。
ああ、そうか。最後だからか。
テストだけじゃない。先生の授業を受けるのも。毎朝名前を呼ばれるのも。こうして偶然放課後の教室でふたりきりになるのだって、きっとこれで最後。もうすぐ何の関わりもなくなる。
だから、こんなに優しくしてくれるんだ。
なら、最後くらい我が儘を言って良いですか?
これ以上はと思っても、私の欲は増すばかりで止まることを知らない。
決して実ることのない恋の果実。だけど、伝えることくらい……。
私は意を決して顔を上げ、土方先生の瞳を真っ直ぐに見た。
「土方先生、私、先生が……」
「雪村」
先生が私を呼ぶ。まるで私の想いを全て知っていて、それを言わせたくないみたいに。
「……雪村、もう帰れ」
「先生、私、聞いてほしいことが……!!」
「雪村」
駄々をこねる子供に言い聞かせるように先生がそう言うから、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
土方先生は入ってきたときと同じドアから出て行った。私はひとり教室に残されて、先生が去っていった方をじっと見つめる。
悔しいほど切なくて、でも振られたわけでもないから泣くことすら出来なくて。
伝えることのなかった想いには、別れすら告げられない。
サヨナラも言えないなんて、いや。
先生、私まだ女子高生でいたいです。
教科書範囲外
この問題を解く公式は教科書にも載っていない。
だから先生、おしえて。fin.
いろいろなサイト様で卒業ネタを読んでいたら書きたくなってしまいました。
ギリ3月だから季節的には大丈夫!たぶん!!
徹底的に切なくしようとしたら何だか酷いことに。千鶴ちゃんが報われない。
千鶴ちゃんごめんね。
それにしてもうちの土千、見事にパロばっかりだww
原作沿いも好きなんだけどなぁ。