ある日の、風がゆったりと吹く気持ちの良い午後。

社の屋根の上に寝転がり、政宗は目をつぶって風を感じていた。
今日は参拝者も少ないし、暇である。

「おーい!独眼竜!」
「元親じゃねぇか」

海神長曾我部元親が、政宗の社の鳥居を超えて入って来た。

「おう、ひさしぶりだな?」

政宗は地に降りた。

「ちょいといい物が手に入ったから、土産だ」

ほい、と長曾我部は政宗の手に土産を渡す。





この二人は最近では仲がよい。
政宗は初めは邪険にしていたが、よく知ってみると気が合う事が分かり社に来る長曾我部を歓迎していた。
社に来る度におもしろい土産を持ってくるので、なんでも興味を示す政宗は長曾我部の訪問を楽しみにしている。
長曾我部は社に来れば、政宗に執着しまくっているもう1人の竜神でに隠れて、政宗と交遊できるのでしょっちゅうこうやって訪ねて来ていた。

政宗は早速土産の包みを解く。

「Wow!!」

その中身は異国の本だった。

「異国の書は久しぶりだ!よく手に入ったな!」

嬉々として政宗は元親に笑いかける。

「俺は海神だからな。他の神よりは外交が多いんだ」


元親の社は面白い。
船の形をした社で海に浮かんでいる。
だから元親の社に人間が来る事はない。

鳥居から船を出さないと、社に入れないからだ。

人々は鳥居の前で、海に浮かぶ小さな島のような社に向かって祈りを捧げる。
時に、船が見えなくても霧で見えないのだなと人々は気にしていない。


もちろん船が見えない時は元親が出かけている時だ。

「異国の神と交友関係があるなんていいよなぁ」
「政宗は本当に異国の文化が好きだな。俺も興味はあるけどよ」
「出来るなら空を飛んで違う国にも行きたいくらいなんだがな」

しかしそれはしては行けない事なのだ。
神々にも縄張りがある。
日の本であれど、他の神が守る地に安易に踏み入る事は嫌がられるのだ。

「なら、今度俺が連れてってやろうか?」
「Really!!?」
「おうよ。あんたならいつでも大歓迎だ」

政宗は嬉しさのあまり、おもわず元親に抱きついた。

「I like you!!アンタってマジでいい奴……………」

言葉の途中で政宗の笑顔が凍った。
長曾我部はどうしたのだろうと政宗の視線を追う。


そこにはもう1人の竜神、片倉小十郎が立っていた。

「こ、小十郎!!」
「……………」


小十郎は、無言で去って行った。



「あー。なんかまずいところ見られたか?」

長曾我部は抱きついたまま固まっている政宗に、そう声をかけた。

「やっぱ、これ抱きついたように見えた、よな?」
「見えたというか……抱きついてきたぞ?」
「だよ、な」
「ともかく、俺帰るわ。片倉の兄さんに殺される前に」
「すまねぇな。なんのかまいもせず……………」
「気にすんな。まぁ、片倉の兄さんもちゃんと話せば分かってくれんだろ」

長曾我部は政宗の頭をポンポンと叩いて、空へ飛んで行った。








まずい。まずいな……………。
さて、どうするべきか。


政宗は長曾我部が帰った後、本堂の中で腕を組んで考えていた。
あの、嫉妬心の塊のような小十郎だ。
むしろ、竜の神より嫉妬の神であってもいいと思う。
束縛の神でもありだな。
政宗は自分の思いつきにちょっと気がよくなってから、頭を振る。


違う違う。
そんな現実逃避していてもしかたがない。


どう言って謝ろうか。
このままでは、暴走して長曾我部を滅ぼしに行くかもしれない。
自分に怒りが向けばいいのだが。

うーん、と悩んでみたものの解決策は思いつかない。
大体変な駆け引きなどは苦手だし嫌いだ。

オレが悪いのだ。
男なら堂々ときっぱり、すっぱり頭を下げよう。

政宗はそう決めると、自分の社を後にした。








「小十郎?いるか?」

気配があるからいるのは分かっていたが、政宗は一応そう声をかけてから、
小十郎の本堂の戸を開けた。

「小十郎?」

政宗が本堂にはいると、小十郎は背を向けて座ったまま青年を見ない。
丁度顔は神鏡の方を向いてたので、鏡ごしに目を合わせようとしたが小十郎は目を瞑っていた。

これは……………。


(今までにないReactionだな……………)


政宗に近づく者に対して激高する小十郎はよく見るが、こうも静かな竜神を見るのは初めてだ。


(それだけ怒ってるっつーことなのか?)


政宗は怖じ気づきそうな足を叱咤する。
ともかく中に入って小十郎に近づき、小十郎の前に座った。

小十郎は政宗などいないかのように、目を瞑ったまま微動だにしない。

「小十郎」

その黒い双眸が開き政宗を見る。
政宗は目を大きく開いて驚く。
その眼は、政宗を映していないかのように感情の色がない。

「なんだ?」

冷えた言葉が小十郎の唇から溢れた。


(怒っているのではない……………?)


「あの、さっきの事謝りたくてよ」
「謝る?」
「……………」

小十郎は静かに政宗を見てそう言い放った。

「その、オレ、元親に抱きついてしまったし」
「ああ」
「すまねえ…」
「謝る必要は無い」
「元親が外つ国に連れてってくれるって言われてさ、嬉しくて思わず抱きついてしまったんだ」
「そうか。良かったな」

小十郎は無表情にそう言った。
その表情を見て、一つの答えに突き当たり政宗に戦慄が走る。
怒ってるんじゃない、呆れてるのでもない。
なら、これは……………。


(……………嫌われた……………のか?)


焦燥感にかられ政宗は小十郎のあぐらをかいた膝に手を置いた。
小十郎は少しだけ眉をしかめる。


(……………触れられるのを嫌がっている!?)


政宗は慌てて手を引いてから、様々な思いにかられる

いつも小十郎は優しくて、政宗が何をした所で最終的には甘い顔で許してくれていた。
真田や長曾我部に会うのを嫌がっていたのも知っている。
それなのに、政宗は会うのをやめなかった。
真田に至っては、一度唇を奪われている現場さえ見られているのだ。
本当だったらもっとも避けなければならないはずの真田とは、以前にも増して会っているし、
勝負を挑んだり、隠れて人間の町に遊びに行ったり、色々と交流があった。

渋い顔をしていたが、会うなとは言わない小十郎の優しさ。
それに傲慢になっていたかもしれない。

長曾我部に抱きついたのだってそうだ。
小十郎の気持ちをよく考えてやれば、軽率にそんな事はしなかったはずだ。

もし小十郎が自分以外にそんな事をしていたら、すごく気分が悪いだろう。

そんな事をずっと続けていたんのだ。
小十郎が自分を好きでなくなっても仕方が無い。


(ど、ど、どうしよう……………?)


今更謝っても遅いかもしれない。
でも……………

「小十郎、本当にごめんな。オレ、調子乗ってた」
「……………」
「もう真田とも長曾我部とも会わないから」

小十郎の眼が政宗を射抜く。

「でも、お前はそうしたくないんだろう?」
「小十郎の気持ち考えたら、少なくともあんな風に会うべきじゃなかった」
「……………今更、真田や長曾我部と会うなとは言わない」

政宗は身体が冷えてゆくのを感じた。
この突き放した言い方、許す気はないのだろうか……………。

「な、なぁ、小十郎。ごめん、本当に反省してる。嫌いにならないでくれよ」
「………嫌いに?」
「オレ一人じゃ、この世界で生きて行けねぇ……っ」
「火神も海神もお前を好いているし、その他の神もお前を気に入っている。俺なんぞいなくともお前は1人でも大丈夫だ」
「そ、そんな……………」

政宗の眼に諦めの色が滲んでくる。

「小十郎、お願いだ。幸村や元親じゃだめなんだ。お前がいてくれないと……………なんでもするから、嫌いにならないでくれ」

泣きそうになるのを、堪える。
ここで泣くのは卑怯だし、女々しい台詞に涙まで乗せたくない。

細かく肩を震わせてる政宗を小十郎はじっと見る。








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