「帰ったか、風魔」

古い社の本堂の中に、風魔は政宗を抱えて入った。

髷を結う髪に白いものが混じり出した、渋みはしった男が政宗を迎えた。
風魔は政宗をどさりとほおりなげると、姿を一瞬で消していなくなった。


ほとんど動かせぬ身体で、政宗は男を睨む。

「上等、上等。いやはや……魔王はこれを滅ぼそうとしているのか」
「……誰だ?」

畳の上にうつぶせて寝そべったまま、政宗は低い声で問うた。

「これは失礼。私は松永弾正久秀。卿の噂は聞いていたよ、独眼竜」
「松永……………アンタが欲神か」
「いかにも。卿を歓迎しよう」

薄ら笑いを浮かべて、松永は政宗にそう言った。

「アンタ、今どういう状態か分かってんのか?」
「もちろんだ。神魔戦争の再戦だろう?賑やかな事だ」
「戦闘に加わらないのは勝手だが、何故邪魔をする!?アンタも神なんだろう?!」
「神であれ、魔であれどうでもいい事だ。私はただ卿が欲しかっただけで邪魔をした覚えはないがね」
「思いっきり邪魔してんだよ!この身体どうにかしやがれ!」

政宗は重い重い手足をなんとか動かし、這いずり、松永に近づく。

「身体を自由にしてしまったら、卿は戦場に戻ってしまうのだろう?」
「当たり前だっ!!」
「戦場に戻れば滅びてしまうかもしれない。美しいものをわざわざ危険な場所に置くのは竜神の愚行だ」
「あいつの傍が一番安全なんだよ!ふざけた事ばっか言いやがって……………オレをどうするつもりだ?」
「ただ良い物を収集するのが私の趣味でね。ふむ…あえて答えるならば愛でる、とでも言うのか」

松永は伏した状態の政宗を、仰向きにひっくり返した。

「お、おいっ!何するつもりだっ!?」
「愛でると言っただろう。美しい華ならば余す事無く見たいとは思わないか?」

政宗は満足に動かぬ身体で腕を上げたが、抵抗にもならない。
松永が政宗の帯を解くと中紐にも手をつける。
政宗の合わせが開いた。

「やめろっ!!」
「何を勘違いしている?見るだけだから安心したまえ」
「見られるだけでもお断りだ!!」




松永のぴたりと手が止まる。

「魔王を放って来るとは」

松永は政宗の上から退くと、本堂の扉を開けた。

「取り返しにきたか、竜神よ」

小十郎は松永の社に入ろうとしているが、ここは松永の勢力圏だ。
誰も侵入しないように、松永が結界を張っている。
バリバリと音を盛大に立てて、小十郎は結界を破ろうと身体を押し込める。

「松永ぁっ!政宗を返せっ!!」

結界を破ろうとしながら、小十郎は吠えるように怒鳴った。
松永は本堂から出ると、ゆっくり歩きながら小十郎に近づく。

「返せと言われて返すと思うかね?」
「戦に出ないばかりか、政宗に手を出しやがって……覚悟は出来てんだろうな?」

結界ごしに小十郎は松永を睨みつける。

「覚悟、とは何の事だ。卿はこの結界を破れるのか?」
「こんな物ぶち破ってやるっ!」

「小十郎!!!」

政宗が本堂から、這い出て来た。

「政宗!!無事か!?」

青年が無事な事に小十郎はほっとしたが、政宗の着物が乱れている事に小十郎は激高した。

「松永!てめえ政宗に何をした!?」
「何もしていない。ただよく見ようとしただけだ。卿は美しい茶器があれば色んな角度から見ないかね?」
「ふざけるなああぁっ!!!」
「ふざけてるのはお前だ!小十郎!!」

政宗がじりじりと匍匐ほふくして怒鳴る。

「戦はどうした!?魔王はどうなった!?」
「そんなもんより、お前が先だっ!!!」

竜神のその言葉に政宗は落胆する。

「お前は神の総大将だろうがっ!!オレ1人の為に負け戦にするつもりか!?」
「でも、政宗……………ぐあっ!」

小十郎の身体に蒼い雷が落ちる。
政宗がやったのだ。

「自分の使命をまっとうしねぇ奴は大嫌いだと言っただろう!!今すぐ戻れ!」
「だめだ、こんな所にお前を置いておきたくない!!」

政宗はまた雷を小十郎に落とす。

「松永を相手にしている時じゃないだろ!!さっさと戻れ!莫迦!!」
「嫌だっ!!」
「Shit!!!!そんな情けないお前見たくねぇんだよ!」
「政宗……………っ」

なおも蒼雷が小十郎を貫く。

「いいから、戻れ!戻ってくれ!頼むから!」
「……………くっ!」
「魔王を倒すなり封印するなりしてから、助けに来やがれっ!!!」

今までで一番大きな雷が小十郎に落ちて、そして小十郎は結界にも弾き飛ばされた。

「政宗………っ」
「─────行け」

政宗は這いつくばったまま、小十郎にそう言った。

「今すぐ戦に戻らないなら、オレはもうお前とは2度と会わない」

政宗の眼は、以前伊達家を継ぐ時に小十郎の手を離した時の眼と、同じ色をしている。
その眼に射抜かれ、政宗は本気なのだと小十郎は理解した。

「……………くそっ!!!松永!戻ったらお前を絶対滅ぼしてやるっ!政宗に何もするんじゃねぇぞっ!」

小十郎は捨て台詞を吐くと、空を飛んで戦場に戻っていった。



政宗はほっとして、力が抜けた。
もうわずかな雷を出す力も無い。
指を動かす事さえ困難になった。
松永は笑って、そんな政宗を抱き上げると再び本殿に戻った。

「なかなか愉快な見せ物だったよ」

政宗は舌打ちをする。

「趣味がわりぃんだよ、アンタ」

先ほどの続きのように、松永は政宗の打掛を腕から抜いた。

「竜神より、卿の方がよほど大将に向いた器だな。竜神は本当に愚鈍だ」
「あいつを悪く言うんじゃねぇ。あれはただ優しいだけなんだ」
「……………優しい?竜神が?」

松永が声を上げて笑った。

「あの竜神を優しいなどと言う者が現れるとは。愉悦、愉悦」
「胸くそ悪い言い回しすんな。少なくともあいつは悪い奴じゃねぇ!」

松永はまだ笑っている。

「だから他の神々だって付いて来てるんだろうが。ただの愚者に付いていく者はいない」
「……くくく……卿は本当に面白い事ばかり言う」
「何がだ?」

馬鹿にされている事だけは分かり、政宗は怒り心頭だ。
食い付く政宗の長い髪を、ゆるりと撫でて松永は言った。

「好んで竜神に、他の神々が付いていっている訳ではない」
「……………何だって?」
「新しい神なのだから何も知るまい。竜神だって卿に嫌われたくないから、隠しておいたのだろうしな」
「何が言いたい?はっきり言いやがれ」
「教えてやろうか?あの竜神の事を」
「アンタが言いたいだけなんじゃねぇのか?」
「聞きたくないのなら無駄な話はやめて、続きをするとしようか」

松永の手が政宗の単衣にかかった。

「……………聞く。教えろ」

ぶすっとした顔で政宗が言うので、松永は少し笑って話し出した。


「卿は神と魔の違いが何かわかるかね?」

政宗は怪訝そうに松永を見る。

「神と呼ぶものの核は主に和魂と持ち、魔と呼ぶものは核に荒魂だけを持つ」
「にぎみたま?あらみたま?」

「和魂を持つものは生み、与える事を喜びにする者。逆に荒魂を持つものは、くびり、奪う事を喜ぶ者。ただそれだけの差だ」
「じゃあ、アンタは?」

政宗が胡乱な目つきで松永を見た。

「欲を生む。だから欲神と呼ばれるのだよ」
「欲が必要な………いや、欲がなければ何もかもが発展しねぇ」
「その通りだ。食物を欲する、住処を欲する、愛する人を欲する、我が子を欲する。上げて行けば切りがない。それこそ全てが欲だ」
「ふうん……。でも例えば、火神や竜神が喧嘩した事もあるぞ。あんただって竜神からこの俺を奪ったじゃねぇか」

「そこなのだ。これから卿に教えようとしている話に関わるのは。
神というのは主に和魂を持つ、といったであろう?主に、だ。
和魂の中に僅かにだけ荒魂がある。神だからといって全てを与えるわけには行かない。
それは生き物達の為にならぬからだ。時には奪い、縊る必要もあるから、神は和魂の中に荒魂を持っている。
そういう事だけでいうと本質的には人間に近いのかもしれない」


松永は政宗の黒髪に口づけてから話し出した。







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