それは人にとっては大昔の話になる。
この地には、今よりたくさんの神がいた。
人々は神が本当に存在するものだと認識していたし、時に神は人々の前に姿を表す事さえもあった。

しかし、この地を統べるのは神々だけではない。

魔に属する者達が反対勢力として存在した。
その魔の者の頂点に君臨する魔王。
その名を織田信長という。

基本的に神は人や動植物の「喜び、感謝、愛情、思いやり、慈しみ」
そういった正の感情を糧とするのに対し、魔の者は負の感情を糧とする。
それは「憎しみ、嫉妬、悲しみ、恐怖」といったものだ。

神と魔はどうやっても相容れぬ存在なのである。

数こそ神々の方が多いが、負の感情というものは簡単に生まれる。
その為、魔の者の力は壮大なものだった。
長い間、神と魔は戦い続けた。

結果的に3000年程前に、魔の者は封じ込められる事になった。
この戦いを「神魔戦争」と呼ぶ。

魔王達を封じ込める事に成功したものの、たくさんの神もその戦争で滅んだ。
今あちらこちらの社に神が降りていないのもそのせいである。


「で、その魔王織田信長を封じ込めて、長い戦いを終わらせたのがここにいる片倉の旦那ってわけ」
「小十郎が?」

政宗は驚いて、小十郎を見た。

「小十郎、お前……ただの色に腑抜けた神じゃなかったんだな」
「ま、政宗………俺を何だと……………」

小十郎は政宗のあんまりな台詞にがくりと肩を落とした。

神々の本当の力をよく分かっていない政宗からすれば、
いつも自分にデレデレしている竜神がこの中でも頭をはれる程の力の持ち主だとは思ってもみなかったのだ。

「さすがのりゅうじんも どくがんりゅうにかかれば かたなしですね」
「おっもしれぇなあ、政宗は」
「ま、片倉さんの気持ちは分からなくはないけどね」

それぞれが笑う。

「しかし封印がとけるのが思っていたより早かったのう」
「政姫殿が狙われた訳は?」

炎神が答えた。

「今は弱いが、竜神の血に応えて神と生まれ変わったのだ。その力は未知数。力を付けぬうちに潰してしまおうとしているのだろう」
「復活してすぐにお姫さんを狙うくらいだから、相当恐れてるんだよ」

神々の言葉に政宗はぴんと来ない。

「竜形にさえなれないオレを恐れる?」

北条氏政が馬鹿にしたように言った。

「なるほど、竜にもなれぬのに『独眼竜』と名乗っているのか」

政宗はむっとしたが、本当の事なので言い返せない。
すると幸村が言った。

「政姫殿の『独眼竜』は人であった時の二つ名でござる。
人々は戦の世を終わらせる希望としてそう呼んでいたのだ。それはすなわち神、そう言ってもおかしくはござらん。
それに一度は竜の姿をとっておられる、遠くから見ただけだがそれはそれは美しい蒼い竜の姿でござった」

若干の欲目の入った幸村の言葉に、政宗自身が顔を顰めた。

「このままいけば確実に先に独眼竜が狙われる事になる」

武田信玄の言葉に幸村が言った。

「佐助。お前は政姫殿といろ」
「あいよ」

謙信もかすがに向かって命を下した。

「かすが。そなたも どくがんりゅうの そばについていなさい」
「はい」

つつましやかにかすがは答えたが、本音は不満なのだろう。
少しだけ政宗を睨んで顔を背けた。

「政宗、しばらくの間俺の社に居た方がいい」

小十郎の言葉に政宗は答えた。

「社をむやみに空けるわけには行かない」

責任感の強い政宗はそう断った。

「どくがんりゅうのことがしんぱいなのはわかりますが、こればかりは どくがんりゅうがただしいですね」
「俺ゃ、そういう強がりは好きだぜ?べっぴんさん」
「触れんなバカチカ」

またもや抱き寄せようとした長曾我部にぴしゃりと政宗は牽制した。

「何事も細かに連絡をしろ。何かあればすぐに『走り』を寄越す事だ」


その言葉を最後に神々はそれぞれの社に戻って行った。

竜神の社に政宗と小十郎だけが残った。

「なぁ、『走り』とは何の事なんだ?」
「何かあれば鳥居の上に印がある。それが『走り』だ」
「印って?」
「印が走れば分かる。今日の走りが分からなかったのは明智のせいだろう。走りがあれば皆ここに集まる」
「ふうん」
「なあ、政宗」

小十郎は政宗を抱き締める。

「佐助達もついていてくれる。そう心配するな」
「……………」
「十分に気をつけるし、お前も様子を見に来てくれるだろう?」

小十郎の心配に政宗は、竜神の胸に頬をすり寄せ言った。

「頼りにしてんだぜ?オレの竜神様」

そう言われても竜神は心配で仕方ない。
小十郎は憂鬱な気分を押さえるかのように、ぎゅっと政宗を抱いた。











政宗は己の社の中心で座禅を組んでいた。
風が少し強い。
政宗の長い髪が風に巻き上がる。
木の葉がそれにともない散った。

政宗は静かに中枢に呼びかけ、呼吸を浅く長くする。
ざわざわとする肌に気を取られぬように、目を閉じる。
パリ…パリリ……………、政宗の身体が帯電しはじめる。
それを自分自身で押さえる。
身体の奥の何かを掴もうと、政宗は更に息を浅くして瞑想する。


「何もなかったか?」

政宗の社の鳥居の上にいた佐助の隣に、かすがが降りて来た。

「ああ。他の神々はどうしてた?」
「動きを見せない魔王に警戒をしてるだけだ」
「浅井は?」

かすがは首を横に振る。

「魔王を刺激したくないと断られた」

佐助はため息をつく。

「あそこは嫁さんのせいでややこしいからなぁ」
「これで、浅井、島津、佐竹、尼子、南部、宇都宮、姉小路、毛利が参戦しない」
「やっぱり前回の神魔戦争で懲りてるんだろ」
「小早川と今川はあの通りだ」
「そいつは分かってるよ。豊臣からも断りが入ったらしいよ」
「……………今回の戦、勝てるのだろうか」
「皆保守的だからねぇ」

かすがは、政宗を鳥居の上から見る。

「伊達はあれからずっとああやってるのか?」
「うん。中々うまくいかないみたい」

バリッ!!と細い雷が落ちて、政宗の上半身が揺れた。
かすがが鳥居から降り、駆け寄る。

「無理をするな」
「おう。戻って来てたのか。その顔だと浅井に断られたみてぇだな」

疲れきった顔で政宗がかすがに笑いかける。

「予想はしていたし、元々走りに集まらなかった神だ。竜神もあやつらは数に入れていない。そう悲観するな」

政宗が立ち上がると、心配そうにかすがが寄り添った。

「焦ってはいけない」
「……………」

佐助も鳥居から降りて来て政宗に言った。

「そんなに張りつめてもうまく行かないよ。楽に行こうぜ楽に」
「かすが、佐助……すまない。本当なら主の所にいたいだろうに」
「いやあ、俺様は真田の旦那の所にいるよりおひいさんの所の方がゆっくりできるから嬉しいけどね」
「謝る必要などない。生まれたばかりの神は皆、巧く力が使えないものだ」
「まぁ、例外は1人いるけどね」

佐助はひょいと肩を竦めた。

走りに皆が集まってからというもの、政宗は自分の力を高めるために集中していた。
短期間のうちに出来る事は知れているが、何もせずにはいられない。
魔王の手下だというあの明智光秀に、簡単に殺されそうになった自分が不甲斐なかったのだ。
これから始まるだろう戦に、足手まといにだけはなりたくはない。
せめて竜形に成れたならば。
政宗は悔しさにきりっと歯を噛んだ。








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