図書館の向かいには自然公園がある。午後四時を過ぎた現在、そこで遊ぶ子どもは多い。樹が友人がくると予想してあまり時間が経たないころに、子どもたちの笑い声が聞こえる中で、近づいてくる軽快な足音を樹の聴覚が拾った。 間もなくして、ハーフアップにした亜麻色の髪を揺らし、姿を現したのは友人である少女――楓(ふう)だ。彼女の姿を視認して樹は本を閉じ壁から背中を離す。一方で楓は樹を確認するなりぱっと顔を輝かせた。 「やっぱりいたー! 樹、こんにちはっ」 「こんにちは、楓。君も図書館に?」 「ううん、今は散歩してたの。だから、ここに用事があったわけじゃないんだ」 自身の背後で手を組み、そう説明する楓。「これから帰るところなんだけど、なんとなく“力”を使ってみたら樹が近くにいるのが分かったら。せっかくだし会いにきたの」 「そっか。それじゃあ、僕も本を借りて帰るところだったから、一緒に帰ろうか」 うん、と頷く楓と肩を並べて歩き出す。 「樹も本読むの好きだねえ」 脇に抱える本を覗き込んで、楓がこぼす。 「誰かさんの影響でね」と、樹は脇のそれを楓に渡すと彼女は受け取って、一度題名を確認しぱらぱらとページをめくる。 「『“力”の今』と『黄昏の宴』……、『黄昏の宴』の方はあたしもこの間借りて読んだけど、とっても面白かったよ!」 瞳を輝かせ語る楓。昔から読書好きの彼女は、本の関連のこととなると本当に嬉しそうにする。そんな彼女が微笑ましくて樹は薄く笑みを引き、 「楓が推すなら間違いはないね? 僕もずっと気になってた本なんだ」 「うふふー、褒められると照れるからやめてよう」 「なら、ことある度にべた褒めしてやろう」 「やめてってばー! はい! 本返すっ!」 くすぐったげにする楓。その横を十前後の二人組の男女が駆け抜けていった。ふとそちらを微笑ましそうに見送ったあとに、少し遠い目をした。 友人と同じようにその様をなんとなく見て、それからふと思い出した話題。先ほど、図書館の秘書とも話した内容だった。 「そういえば、実習始まるね」 「……ああ、そういえば。あたし、樹と同じ班でよかったよ」 樹の言葉に学校の行事を思い出したらしい少女の声音は、心底安心したような。 彼らの通う中学校では一クラス二十人前後の生徒がおり、それが三つ構成されている。各クラスごとに四、五人のグループを好きなように組み、そうして行われるのが今回の実習だった。 一般的に“力”と呼ばれる特殊な技を、利用できない人々に理解してもらうこと、そして、“力”を使える“守護者”たちが、自身の使用する能力についてより深い理解を得、感覚を覚えること。これらが実習の目的だ。 樹たちにとって、幼少期から家族や周りの人間たちに教わりながら何気なく使ってきた能力だが、使い方によっては守護者にとってすら脅威でしかない。それを使えない人らにとってはなおさらだ。 「“力”は確かに使えるけど、あたしたちも変わらないの、分かってもらえるといいね。よく思ってない人もたくさんいるらしいし」 「うん……、晶も苦労してるよなあ」 「ね。でも晶が努力家だからいろんな知識身につけて、だからなんだろうね。だから、理解してくれる人も増えた。……なんて、分かってくれている人が少ないような言い方ね!」 「あいつにはかないそうにもないや」 「はは! こんなこと聞いたら晶が悲しんじゃう」 この場にはいないが、大切な友人の話。二人とも目を細めては遠い目をした。夕方の穏やかな日差しが彼らを包む。背後から遠く聞こえる、子どもたちの笑い声と走り回る音が心地よく、そしてなんだか切なかった。 「なんだかんだいっても、実習楽しみだよ、私! その間もよろしくね!」 頷いて、樹たちは一度立ち止まる。楓と別れなければいけない、分かれ道へたどり着いていた。「じゃあ、学校でね。またね!」と手を振る友だちに、樹も手を振り替えした。「じゃあね!」 ぱたぱたと足音を立てて駆けていくその姿を少しの間見送る。相変わらず元気だなと小さくため息をついて、樹は本を抱えなおして再び帰路についた。 目次 |