クズどもに捧ぐバラッド






 冷蔵庫の中からいくつも出てきたタッパーの数に驚く。一体この人はどんな精神状態で台所に立ってたんだろうって考えて、ゾッとした。
 バケツリレーの要領でテーブルの上に運びながら、この冷蔵庫の中身が空っぽじゃなくてホントに良かったと思った。もしも空っぽだったら今おみクンはこの世にいなかったかもしれない。もしもの世界はちっちゃなネジ一本の有り無しで簡単にこの世界と入れ替わる。
 じっくり考えたらそんなのメチャクチャホラーだ。…うわヤバ怖。だからブンブン首を振って怖いものは追い払って、タッパーの中身当てクイズに俺は一人勤しむことにした。
「たいちの好きなメニューがあるといいけど」
最後のタッパーがレンジの中で回るのをぼんやり眺めながらおみクンが呟く。一足先にテーブルの前で俺はあぐらをかいて、ぼんやりしてるおみクンの背中をぼんやり眺めた。
「俺っちなんでも食べるよ。レバー以外だったら」
「レバー駄目なのか?」
おみクンは意外だって顔してこちらを振り向いた。
「うん。俺はいま内臓を食ってる…って思っちゃうんだよね」
「じゃあソーセージも駄目なんじゃないのか?腸の皮に刻んだ肉突っ込んでるんだから」
「言い方!やめて怖い!」
「あはは」
あのさぁ笑ってる場合じゃないんスよおみクン。一つでも間違えたらその途端おみクンが消えちゃいそうで、さっきから俺は心臓がバクバクだって言うのに。

「はい。これで全部。めしあがれ」
一膳しか箸を用意しないおみクンがちょっと嫌だった。自分が食べる気はさらさらないんだ。…ふーん、いいよ見てろ。俺の食欲そそる食べ方でその気にさせてやる。
「いただきまッス!」
勢い良く手を合わせてタッパーの蓋を次々開ける。おみクンのおみクンによるおみクンのための「食べてる俺を鑑賞する会」は、そうやって幕を開けた。
「…うわウマッ!!」
フワフワのオムレツ、にんにくの効いた唐揚げ、形の揃ったロールキャベツ、惣菜のパックとは別次元のポテトサラダ、魔法の味がするミートソース。全部美味しい。ホントにあり得ないくらい美味しい。
「…ふふ」
テーブルの向こう側、肩肘をついておみクンが満足そうに笑う。もっと笑ってほしくてどんどん食べた。胃袋が破れてもいい。おみクンが作ったものを何一つ残したくなくて、食べ続けた。
「旨い?」
「うん、意味わかんないくらい美味しい」
「たいち、口の右のとこ。唐揚げの衣ついてる」
「今それ気にしてらんないからちょっと後にして」
「あはは」
笑って。ねえいっぱい笑ってよ。おみクン笑ってくれるなら俺どんな冗談も言うよ。

「………」
テーブルの向こうが急に静かになる。ミートソースを勢いよく吸い込んでから、俺はチラリと視線を持ち上げた。
「……おみフン」
飲み込まないまま名前を呼ぶせいで、おみクンって呼べなかった。口の中をポカンと晒す俺を、おみクンは涙をポタポタ落としながら、だけど笑って、まっすぐ見てた。
「…写真撮りたい」
「……」
「カメラ、人に譲らなきゃ良かった。結構高いやつだったんだ」
「……」
「撮りたいよ。口のまわり汚してるたいちのこと」
「……」
撮ってよ。撮っておみクン。俺のこと撮って。いっぱい撮って。寝起きもあくびもくしゃみもいいよ。全部撮って。撮って、おみクン。
「…捨てなきゃ良かった。たいちに俺の撮った写真見てほしかった。別に上手いわけじゃないんだけどさ、自分でもいいなって思えた写真だって…あったんだ。少しは」
ボタボタ泣きながらそれでも笑うから俺はいてもたってもいられなくなって、テーブルの反対側、おみクンの隣に膝をついてその体を思い切り抱きしめた。
「…奪うばっかだった訳ないんだ、おみクン」
「……」
「あげてるんだよ。…忘れないでよ」

 おみクンを罵ることでなんとか立っていた親友のお父さんに、おみクンは、なんとか立てるその足場をあげたんだ。
 おみクンをエースにしたいって体を切り売りする女の子たちに、おみクンは、辛いこと全部忘れられる優しい時間をあげたんだ。
 奪ってばっかりな訳ない。ねえ、自分の心を一番最初に殺して、おみクンはずっと何かをあげてきたんだよ。もう殺さないで。これからは自分のこと一つも殺さないでよ。自分にあげてよ。自分に返してあげようよ。
 もうここからは、おみクンがもらう番だよ。
 
「…おみクン好き」
「……うん」
「あとおみクンのごはんも好き」
「はは、正直でいいな」
この人が好きだ。自分でも不思議なくらい。笑わせたい。笑った顔を見ていたい。たまに指を繋ぐくらいでいい、指を繋げる距離に、ずっといたい。だからどうかお願いだ。
「…死なないで」

「……」
 十秒くらい、時が止まったみたいに俺たちは言葉をなくした。頬を濡らしたおみクンが、俺の目を見ながらゆっくり両手を上げる。その手が、その手がいま俺の頬をそっと…。
 ……触ってくることはなく、おみクンは両方の手でカメラのフレームを作って、その奥から覗く目で俺をイタズラにからかった。
「いい顔してる」
「…はっ!?」
「うん。いま絶対シャッターチャンスだった。間違いない」
「いや間違ってるし!いま絶対チューする流れだったじゃん!!」
「だめだな、やっぱりカメラ買おう。せっかくだから前よりいいやつ買うか」
「だめだな、じゃないんスよ!なんなんスかマジで!!」
「あはは」
おみクンは両手で作ったフレームを解いて、笑いながら俺の頭をぽんぽん撫でた。おかしい。絶対おかしいこんなの。いまキスされると思った絶対されると思ったのに!
「ピザもハンバーガーも、まだ食べてもらってないもんな」
おみクンは笑いながら胸ポケットにあるタバコの箱を取り出して、自分の口に一本、それからもう一本を俺の口に勝手に刺した。
「旨いの作るよ。期待してて」
「いっ…いらねぇ〜!いま俺が欲しい言葉それじゃねぇ〜!」
「あはは。ほら煙草こっち向けて。火つけてやるから」
無理やり吸わされた食間の一本のせいで、怒ったらいいのか泣いたらいいのかよくわからなくなってしまった。さすが現役ホストだ、はぐらかすのが最強に上手い。何でもかんでも有耶無耶にして、こっちの質問には答えないまんまで、それで俺は気付いたら全部持ってかれちゃってるんだ、怖い怖すぎる。
「マジでこの世の闇ッス……」
「そうだよ、この世は闇だらけのクソまみれだ」
タバコの煙を大きく吐いて、なんだか嬉しそうに上を向く。全然意味がわからない。わからないのに…もう。やっぱりその笑った顔好き。

「なんか聴きたいな。一曲歌ってたいち」
「出たよ無茶ぶり…いい加減にしてよ…」
「適当に吸いながらでいいから。な」
「…っとにさぁ〜…」
咥えタバコをプラプラ揺らしながら、仕方なくギターケースを開いた。おみクンほんと勝手。タラシ。性悪。詐欺。
 だけどそれでもお願いを聞いてあげちゃうのはさ、まあしょうがないよね、惚れた弱みってやつッスよ。フレットを握って二つ三つコードを鳴らしながら、なにを歌ってあげようか考える。

「…えー、お集まりの皆様」
「おっ、なんだなんだ」
ふざけて始めたライブMCに、おみクンもふざけながら乗っかってくる。少し前へ身を乗り出すその感じもやっぱりかわいい。大好きだよ、おみクン。
「このライブも次の曲で最後となるわけですがぁ…」
「なんだそりゃー短いぞー」
「そこ、静かに」
「あはは」

 ねえおみクンまかしてよ。伊達に嘘と方便ばっかで生きてきた訳じゃないよ。もういいやって思った時は歌ってあげる。笑わしてあげる。おみクンが望むならたとえお腹いっぱいの時でもごはんいっぱい食べてあげる。
 今までのおみクンから託されたお金を、これからのおみクンが使おうよ。新しいカメラを買おうよ。ド派手な外車もレンタルしようよ。ドライブ行こうよ。俺が運転するよ。行ったことない所に行ってみようよ。その先で写真を撮ろうよ。いっぱい撮ってよ。まだ見せてない俺の恥ずかしい顔、おみクンの為ならいくらでも見せるよ。

「それでは聴いてください。僕の愛する人に捧げます」

 たった一人のためにラブバラードを歌う。覚悟しててね。この片想いが実を結ぶまで、俺が歌うのはずっとずっと恋の歌だ。



















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