Chapter.5-3




その後、一度席を立った親父が今度はばあちゃんも連れて再び病室に戻ってきた。
ばあちゃんは親父の比じゃないくらい顔を真っ赤にして現れて、全身震わせて俺を怒鳴って、それから親父と同じように俺の頬を本気ではたいた。
何度も俺にこの馬鹿と言って、それから神様に感謝しなさいと泣きながら言って、その後俺を抱きしめた。
一度止まったはずの涙はまたボタボタ垂れて、俺も泣きながら「ごめんなさい」と繰り返した。二度はたかれた左頬は少し赤くなって、その後もずっと熱を持ったままだった。

大学に全然行ってないこと、成人式には顔だけ出したこと、連絡を絶っていた間は夜働いていたことを話して謝ると、二人は何度も溜息を吐いて「この馬鹿」「馬鹿たれ」と口々にこぼした。俺の伸ばし放題の髪や髭にもばあちゃんは心底嫌な顔をした。退院したらどうにかしなと言われたので素直に頷いた。
顔がやつれてるとも言われた。随分痩せたとも。どんなもん食ってたんだと聞かれて「覚えてない」と答えると、また二人は溜息を吐いてうなだれた。
それからどのタイミングだったか、ふと俺の右腕を見た親父が、包帯の先から覗く手首の刺青に気付いて「それどうした」と驚いた様子で言った。
「なんか…気づいたら…」
曖昧な言葉で説明しようとすると、親父はその途中で深い溜息をつき、それから数秒後に結構本気のゲンコツを俺の頭にお見舞いした。
「ったく…こんの馬鹿」
「…ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねえんだよ、どうすんだ本当に…あーもう…」
「…ごめん…」
謝る以外に何も思いつかなくてまた頭を下げると、親父がうんざりした様子で「あーあー、もういい」と手をヒラヒラ振って俺の言葉を遮った。

「…ほんとあんたは、こういうしょうもないとこは父親に似たね。あーやだ」
ばあちゃんがそう言って、それを隣で聞いていた親父は分かりやすく視線を背ける。
「昔の大輔のこと思い出したわ。あーやだ。本当に人に迷惑かけんだから」
「お袋、俺の話はもう」
「思い出したら段々腹立ってきたわ。ほんっとに毎日毎日どこほっつき歩いてたんだか、連絡一つ寄越さないでたまに帰ってきたと思ったら身体中に怪我こさえてきたりして。人の言うことなんか聞きゃしないし、うるせえババアって何回言われたか」
「あーわかったわかった、わかった!悪かった、だから口閉じてくれ」
「なぁにが分かっただよ、本気で悪かったなんて思ってないでしょうアンタ」
「わかったから、こいつの前なんだから昔のことほじくり返すなって」

親父とばあちゃんの会話が続く中、俺は、さっきばあちゃんが言った言葉を思い出していた。
父親に似たね。…ほんとに、そうなんだろうか。俺の中に親父の遺伝子はあるんだろうか。だって脳みそがくたばってた時、ああ俺は親父とは違うんだなって、こっちじゃないんだなって思ったから。
何回もあっちの…母親の顔が浮かんだ。似てると思った。なぞってるような気がした。ああもうだめなんだ諦めようって、何回か思ったんだ。

「とりあえず穂輔、あんた大学どうすんの。これからどうするつもりなのか、ちゃんと自分で考えな」
「……」
親父が俺を見る。大学行けって言ってくれた。合格した時喜んでくれた。あの時の親父の言葉や顔を思い出す。
「…うん…」
もうだめなんだって、本気でそう思ったのはきっと俺だけだ。匙を投げたのも俺、投げた後そこから逃げたのも俺。
親父もばあちゃんも俺を見限ってなんてない。そんなの今まで一度だってされたことないのに、どうして俺の思考はあんなに、灰色の暗闇に飲まれていたんだろう。
「…まあ、いいよ。まずはお前ちゃんと体治せ」
「…うん」
「これからどうするかは、その後ちゃんと話すぞ。わかったな」
「…うん」

それから二言三言話して、親父とばあちゃんは席を立った。また来ると言って病室を後にする。
俺は一人残され、これからどうするのかをぼんやり考えた。
いろんな人の顔が浮かぶ。もらった言葉や思いを一つずつ思い出して、また視界がゆらゆら揺れた。

ボロボロの体が、くたばりかけた脳みそが、何度も自分から見限られた自分が、まだここに残ってる。まだ生きてる。
ちゃんと考えなきゃ。逃げ癖がついた自分と、どんなに嫌でもちゃんと向き合わなきゃ。
逃げることがどんだけ楽で簡単か俺は知った。知ってるから、もうそっちに行っちゃいけない。絶対行っちゃいけないんだよ、死ぬ気で振り切れよ。向き合え、目をそらすな。

俺を変えられるのは他の誰かじゃない、俺だけだ。俺だけなんだ。



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