今日も本丸は平和です2

恋に落ちて(蜂須賀虎徹)

※僕達が恋をするまでのお話より少し前の話



主が恋に落ちていく瞬間を見てしまった。
俺は主の最初の刀だ。
一番最初から主を見てきた。
主は優しくて立派な人だけど、どこかよそよそしいと言うか…俺達に線を引いて接しているような節があった。
それを悪いこととは思わない。
俺達は付喪神で、主は人間だから。
そして必要以上に詮索しないでおこうと言う、主なりの配慮なのかもしれなかった。
でも、その線を飛び越えていく存在があった。
光忠君だ。
彼はこの本丸でも古株だ。
何せ俺の次の次に顕現した刀剣だったから。
そして主が最初に手にした太刀。
しばらく俺と光忠君以外は短刀しかいない時期が続いたせいもあり、俺と二人でこの本丸を支えてきた。
近侍は俺か光忠君。
だから二人と接する機会は多かった。
光忠君は何かと面倒見もいいし、主のためになることなら遠慮がない。
食べ物を好き嫌いをするなと言う他愛もないことから、戦闘に関したことまで。
光忠君は家事から戦闘までこなし、この本丸になくてはならない存在だ。
主と光忠君は最初はぶつかることもあったけど、そのうちお互いが妥協点を見出だした。
それからは、とても仲良くなっていった。
でもその頃からなんだ、主が物思いに耽るようになることが増えたのは。
それと…主の視線が、光忠君を追うようになった。
今思えば主はもうこの頃から自覚していたんだろうね、自分の恋心に。
俺は何か力になれないかと思って、近侍の時に聞いてみた。
「主は最近物思いに耽ることが多いね、悩み事でもあるのかい?」
「そう見えるか…?」
主は困ったように笑う。
「聞かない方がよかったかな?」
「…わからん…」
「一人で悩んでいても仕方ないよ?しゃべれば少し楽になることだってあるからね、俺でよければ力になるよ?」
「あぁ…ありがとう蜂須賀」
「吐き出せそう?」
「ここで吐き出したら…自分で認めたことになる…だから…吐き出せない…」
「主は複雑だなぁ、もっと気楽に生きなきゃダメだよ」
「そうか」
そう言って笑う主は少し悲しそうで…ますます俺は心配になる。
光忠君はどうなんだろうか。
打ち込みのお誘いをして終わってから聞こう。
そう思って誘ったら快諾してくれた。
手合わせは楽しかった、敵の太刀を相手にするより遥かに緊張する。
まぁ当然か、この本丸で一番強い太刀だからね。
たっぷり汗を流して並んで麦茶を飲んで。
俺は汗を拭いながら光忠君に尋ねた。
「光忠君さ、主のことどう思ってるの?」
ぎょっとした顔をする光忠君。
慌てて平静を装うけどもう遅いよ。
「どうって…いい人だよね」
「質問が悪かったかな?君、主のこと好きだろう?」
「好きだよもちろん、蜂須賀君は嫌いなの?」
「あくまでもはぐらかすつもりかい」
「不躾に人の心を探るもんじゃないよ」
「興味本意じゃないさ、心配なんだよ」
おもしろ半分でからかおうなんて思っていない。
俺の心配は二人がギクシャクして、勤めに支障がでないかと言う真面目なものだ。
それがわかってもらえたのか、光忠君も真面目な顔をする。
「わからないんだ、この主に仕えられてよかったって思うよ?でもこの気持ちがどういうものなのか…わからないんだ」
「そうか」
「不思議なものだね」
「そうだね」
人の身体を得て、人の真似事をする。
人のように、誰かを恋しく思うこと…。
君にはそれが不思議でならないんだね。
「言っておくと、俺は主も君も幸せになればいいと思ってる…君達を邪魔する気はないよ」
「だから…まだわからないって」
「不器用だね、存外」
「僕はもうお暇するよ、夕餉の支度があるからね」
「うん、美味いものを頼むよ」
「任せといてよ」
去っていく背中を見送って、俺は二人が悲しまなければいいと願うばかりだった。
どうか二人が幸せになりますように。



似た者同士(乱藤四郎)

※僕達が恋をするまでのお話より少し前の話



今日の夕餉の当番は主様と光忠さんとボク。
献立は筑前煮に小松菜の白あえに玉ねぎとお豆腐のお味噌汁。
「乱はお味噌汁を頼む、私は白あえを作るから」
「胡麻をすりおろすのが大変だろう?僕がやるよ」
「筑前煮の方が材料が多い分大変だし、塩辛い白あえを食べたくない」
むすっとした顔をして主様が言う。
光忠さんは、大抵の料理は作れる。
でも味付けが少し濃い。
主様は塩辛い味付けが苦手みたいで、ケンカまではいかないけど文句を言ったことが何度もある。
白あえは主様の好物なんだろうなぁ、ここまで譲らないってことは。
「オーケーわかった、じゃあ筑前煮を作ればいいんだね?」
「頼む」
さぁて…じゃあボクもがんばるぞっと。
鍋に水を入れてだしの素を投入!
その間に材料を切る。
千切り玉ねぎを入れて豆腐も賽の目にして投入!
あとは煮立つのを待つばかり。
「何か手伝う?」
大変そうな光忠さんに聞いてみる。
「じゃあ野菜切るの手伝ってくれるかな?」
「まかせてよ!」
光忠さんは人参の皮を剥いていちょう切りにし終えたところだった。
ボクは丸めたアルミホイルでごぼうの皮を剥いて乱切りにする。
光忠さんは手際よく他の材料も切り分けた。
最初に下味をつけて寝かせていた鶏肉を鍋で炒める。
胡麻油のいい匂いが厨房に広がった。
食欲をそそる匂いだ。
そこに切った人参ごぼう椎茸こんにゃくれんこんを入れて更に炒める。
ある程度炒めたら水を入れてだしの素とみりんと砂糖を入れる。
灰汁を取りながら根菜が煮えるのを待つ。
主様がやってきて、味見をした。
「甘味はこんなものか…光忠、醤油を入れすぎるなよ」
「わかってるよ」
玉ねぎと豆腐も温まったから火を止めてお味噌を溶く。
よぅし、ボクのは完成っと!
主様の白あえも味付けの段階みたいで、ボクと光忠さんが味見をした。
「これくらいがいいと思うんだが」
「こういう味付けが好みなんだね」
白味噌の旨味にちょうどいい甘さ、優しい味がする。
主様は味にうるさい。
でもそれは皆が美味しいものを食べれるようにって考えてくれてるからだ。
味にうるさい分、主様の作る料理美味しいし。
「お味噌汁も味見をしないとな」
そう言って一口。
「どうかな主様」
「うん、いい塩梅だ」
「やったぁ!」
光忠さんは少しずつ醤油を鍋に入れている。
それを主様が味見。
「どうかな?」
「うん、これ以上入れたら醤油っ辛い…ギリギリだな」
「そうかなぁ、味付って難しいね」
光忠さんも味見をしながら、首を傾げる。
「感覚が違うんだな、伊達の刀と言う矜持はわかるが東北に馴染みすぎだ」
「君そういやどこ出身?」
「関西だ」
「道理で味にうるさいわけだ」
「ふぅ…お腹空いたな…」
「もう少し我慢だね」
「主様と光忠さんて…」
「なんだ?」
「夫婦みたいだね」
「……………」
「……………」
主様は思いっきり真顔になるし、光忠さんはぎょっとしてる。
「何でそう思う…」
「仲いいから?」
主様と光忠さんはお互い顔を見合わせた。
「光忠が嫌がるだろう」
「主が嫌がるよ」
と、ほぼ同時に言った。
息ぴったりだ。
「くだらないことを言ってないでできあがったものから運べ」
「はーい」
お似合いだと思うんだけどなぁ。
でも口は災いの元。
また口を滑らせたら主様ご機嫌斜めになっちゃうね。
それでも光忠さんと主様が好きなボクとしては、二人の進展が気になって仕方ない。
「主、人参残したらダメだからね?」
「わかってる、極力よそわない」
「好き嫌いはダメだよ?バランスよく食べなくちゃ!それでなくても君細いのに!」
「量食べれないんだから仕方ないだろ?吐くぞ!」
「…君が心配なんだよ?ご飯本当に足りてるの?無理なダイエットしてない?」
「ダイエットじゃない、食えないだけだ」
「ならいいけど…乱君も無理なダイエットはダメだからね」
「わかってるって…光忠さん心配性なんだから」
「心配になるよ、当然でしょ」
光忠さんホント本丸のお母さんだなぁ。
…と言うことは、主様がお父さん?
かわいい夫婦だなぁ。
「なにニヤニヤしてる」
「なーんでも」
早く本当の夫婦になれるように協力しなくちゃね。
ボクは二人のあとを追いかけながらそう決意した。



かわいいもの会議(加州清光)



主からのお茶のお誘いは珍しいと思った。
もちろん誘えば乗ってくれる。
ただ、主は光忠さんや短刀達と一緒…ってのが多いんだ。
悪いとは思わないよ、好きな相手と一緒にいたいっていう主の乙女心はよくわかる。
主も光忠さんだけじゃなく皆のこと気にしてくれてるしね。
主は光忠さんと恋仲になってから一気にかわいくなった。
今までの主は、無理してるみたいに見えたから…今くらいがちょうどいいと思う。
それにしても鉄の女!って感じだった主をここまで変えた光忠さんもすごい。
影に日向に支えて、優しさと気配りで射止めちゃうとか…言うのは簡単だけどなかなかできるもんじゃない。
そういうとこ、光忠さんには敵わないよなぁって思うよ。
主の部屋に行くと、乱も一緒だった。
「来たか清光」
「おっそーい!」
「何この取り合わせ」
俺は素直な意見を述べた。
乱と俺と主。
何をもってこの人選?
紅茶とお菓子を出された。
出されたお茶に手をつける。
ふわりとアールグレイの爽やかな香りが口に広がる。
主は深刻な顔をして切り出した。
「…二人に相談があるんだ」
「悩みなら光忠さんに…」
「あいつじゃダメだ」
ぴしゃりと言われてしまった。
何を考えてるんだろう。
「二人に相談したいのは…かわいくなるにはどうすればいいか…なんだ…」
深刻な顔して出てきた悩みは、ずいぶんかわいい悩みだった。
おいおいこれ以上かわいくなってどうする気だこの人、本丸修羅場にする気か。
「主様充分かわいいと思うけど?」
「…そうか?口調とかこんなだし…かわいげはないし…」
「光忠さんはどう言ってんの?」
「あいつはかわいいしか言わない、だからあいつの意見はあてにならない」
「主さぁ、実際かわいいよ?光忠さんと付き合いだしてから一気にかわいくなった」
「うんうんそうだよ、ボクもそう思う!」
「これ以上かわいくなってどうするの?光忠さんを嫉妬させたいの?」
「あぁ、それもアリだな」
アリなのかよ。
「どうしてかわいくなりたいわけ?今でも充分かわいいのにさ」
「…笑うなよ?」
笑われるようなことなのか。
「…私は…ろくでもない恋愛経験しかない…だから…不安なんだ…いくらかわいいって言われても…いくら愛してるって言われても…不安なんだ…」
ああ、この人はもう…!
「だからかわいくして…あいつに飽きられないようにしたいなって…」
いじらしい乙女心だとは思うけど…。
この人わかってないな。
「俺から言えるアドバイスは1つだよ、今のままでいいって」
「でも…」
「でもも何もないの、光忠さんは主の素でかわいいとこに惚れたんだろ?かわいこぶりっこした主を見たいわけじゃないだろ?」
「う…うん…」
「かわいこぶりっこは俺と乱だけで充分だから!」
「ちょっとぉ!ボクがいつ、かわいこぶりっこしたって言うのさ?!」
「してるじゃねぇか!」
「あぁ、ケンカはやめろ!」
「とにかく…自信持って甘えとけばいいんだよ、光忠さん主にメロメロなんだからさ」
「…ありがとう」
乱と俺は主の頭を撫でてやる。
「乱、清光…ありがとう…」
愛されてるのに愛されてるか不安…か。
昔の俺みたい。
俺も不安で仕方なかった。
結局…置いて逝かれてしまったし…。
わかってる、沖田君はちゃんと俺達を愛してくれていたこと。
でも…わかってても…つい考えちゃうんだよな…。
主の気持ち、よくわかるよ。
「…光忠さんが主に飽きたら、俺が一発と言わず入れてやるからさ、あんま考えすぎんなよ」
「ボクもついてるからね!」
「うん…ありがとう…二人とも…」
やれやれ、手のかかる主様だ。
でも、俺はそんな主が大好きだ。
いつまでも仲睦まじくいて欲しいもんだね。



びっくりじいさん驚かされる(鶴丸国永)



俺は人を驚かせるのが好きだ。
何故って、驚いたあとには笑うからだ。
たまに怒られたりもするが、大抵は笑って済ませられる。
俺は、そういう驚きを提供したいと常々思っている。
俺は今、物置として使われている主の隣の部屋に隠れて主を待っている。
もちろん主を驚かせてやろうと思ってだ。
他意はなかった。
他意はなかったんだ。
主は戦から帰ってきた。
うちの主はかなりの変わり者らしい。
普通の審神者は携帯端末を使い、出陣した者と連絡を取り合って指示を出すんだそうだ。
うちの主は戦場についてくる。
実際に目で見て判断を下したい、だそうだ。
主がいたら主を守らなきゃならない…と思うだろう?
でも主は自分の身は自分で守ると結界を張って、それで俺達に指示を出す。
時には主に助けられることもあるんだ。
主の前職は祓い屋…亡者や人ならざるものを祓うのが仕事だったらしい。
主に言わせると、歴史改編主義者達も人ならざるものだそうだ。
だから、気配がわかるのだと言う。
そのおかげで、俺達が索敵に失敗しても主が見つけて指示をくれることもある。
何度助けられたかわからない。
まぁそんなわけで、うちのじゃじゃ馬な主は今日も出陣していたのだ。
今日は一軍率いて新しい合戦場に行くとか言ってたな。
早足の足音、二人分。
帰ってきたな。
俺のいる部屋を通り過ぎ、二人分の足音は主の部屋に。
ぴしゃりと襖が閉められる。
『待て…』
『待てない』
もう一人は光忠だったか。
それにしても…真っ昼間からお盛んだな。
戦で昂った神経を沈めようって言うのかな?
鼻にかかった艶っぽい吐息が漏れ聞こえる。
主あんな色っぽい声出せるのかーなんて思ってたら…。
『…ちょっとごめん』
足音がこっちに近づいてくる。
そして俺が隠れている襖が開かれた。
「あちゃー」
「鶴さん、出歯亀は感心しないよ」
「そんなつもりはなかったんだけどな、すまんすまん」
「あっ…鶴丸…」
主も一緒についてきたようだ。
俺の姿を認識するや、頬を染める。
「主を驚かそうと思って待ってたんだけどな、すまん」
逆にこっちが驚かされてしまった。
やれやれ。
「もう!鶴丸は私の部屋に近づくの禁止だ!」
「はは、すまんすまん!」
「もう!」
「今度から気を付けるから出禁だけは勘弁してくれ、驚かせられないだろ?」
「すんな!!!!!」
主は激おこプンプン丸だ。
キャラが崩れてることに気付いていない。
いや、キャラが崩れてるのは光忠がいるせいか?
「あっはっはっはっは!まぁそう言うなよ」
「バカ!鶴丸のバカ!」
「しかし…主は闊達な人物だと思っていたが、存外かわいいな!変に繕わない方がいいんじゃないか?」
「…そんな訳にはいかないだろう」
「繕っていてもそのうち綻びが出るぞ?主がかわいいのは皆知ってるんだ」
「それについては僕も同感だね」
光忠が主の頭を撫でる。
いいなぁ、あれ。
俺もやりたい。
でも光忠は手を払われてチョップを食らっていた。
「しかし光忠、お前もなかなか趣味が悪いな…そんなに見せびらかしたいか?」
「どういう意味?」
「『僕の彼女はこんなにかわいいんですよ』って触れ回ってるようなもんじゃないか、乱達に聞いたぞ?主は最初の頃は鉄の女だったってな」
俺は最近になって顕現したから、光忠と恋仲になってからの主しか知らない。
でも、戦の時の主は確かに鉄の女であろうとしている。
戦の時だけならいいが、普段からそうあろうとするのは大変だろうな。
だから光忠が甘やかして肩の力を抜かせているのか?
光忠は甘やかす時はとことん甘やかすからな。
「鉄の女ね…あの頃はまだ僕達も主もお互いの距離を測りかねていたのさ、だから僕だけが原因じゃないよ」
「いや…光忠がいなければ鉄の女のままだったろうな」
「主はこう言ってるが?」
「そうかな?」
「そうだ」
「恋は人を変えると言うが本当だなぁ」
「茶化さないでよ、鶴さん」
「…恋は人を変える、か…確かにな…」
俺は主の頭を撫でてみる。
その手は光忠に掴まれて離された。
独占欲強いな。
「鶴丸、私の部屋の出禁を撤回して欲しいか?」
「もちろん」
「では今度相談に乗ってくれ、驚かせたいやつがいるから」
そう言って主は部屋に戻っていった。
光忠もあとに続く。
後日俺は、光忠を驚かす方法をたくさん考えさせられた。
まったくかわいいやつらだな。



バカップルには近寄るなかれ(へし切長谷部)



夜も更けた頃、俺は喉の乾きを覚えて厨房へと足を運んだ。
厨房からは明かりが漏れていて、先客がいることを教えてくれる。
こんな時間に…と思ったが、俺も同じ穴の狢だ。
厨房にいたのは主と燭台切だった。
二人とも寝間着の浴衣姿。
主は普段から着物でいることが多いので違和感はないが、燭台切はスーツを見慣れているせいか新鮮に映る。
「長谷部か、どうしたんだ?」
「喉が乾いたので水を飲みに来ました、主はどうなされたのですか?」
「…小腹が空いてな」
「こんな時間に食べたらよくないって言ってるのに聞かないんだ…長谷部君、君からも言ってあげて」
「まだ寝ないからいいだろ?」
「消化不良起こすし朝ご飯食べられなくなるでしょ?君、それでなくても朝は少ないのに!」
「うるさいな、食べられる時に食べるのが一番だ」
痴話喧嘩は他所でやって欲しいと言うのが本音だ。
俺を巻き込まないで欲しいとも。
「んー…冷飯が残ってるな…リゾットでも作るか」
燭台切はすっかり夜食を作るつもりの主に諦めたのか、手伝いモードになっている。
「何をすればいい?」
「玉ねぎをみじん切りにしてくれ、長谷部も食べるか?」
俺に振られるとは思っていなかったので返事に窮した。
「…いえ、申し訳ないです」
「二人分作るのも三人分作るのも一緒だ、気にするな」
ここで断るのも悪い気がして、俺はお相伴にあずかることにした。
「では、いただきます」
俺は水を飲みながら二人が料理するところを眺めていた。
燭台切は手際よく玉ねぎを刻み、主は干からびた赤い塊をハサミで刻む。
「主、それは?」
「乾燥トマトだ、普通のトマトより味が凝縮されてて煮込み料理に使うと美味い」
細かく刻んだ乾燥トマトを小皿に入れた。
「みじん切り終わったよ」
「ありがとう」
熱した鍋にバターを入れて、玉ねぎを炒める。
「光忠、庭のバジル採ってきてくれ」
「あぁ、了解」
主の指示で燭台切が庭に出ていく。
時々二人はこうして料理をしているのだろうか。
塩コショウをし、小皿の乾燥トマトを鍋に。
そして冷飯と水を入れた。
「採ってきたよ」
「ありがとう」
燭台切が鍋を覗き込み一口味見をした。
そして塩をひとつまみ。
それを今度は主に渡す。
「どう?」
「そうそうこんな感じだ!」
主は嬉しそうに言う。
「ふふふ」
「なぁに?」
「いやぁ…光忠を自分好みに調教できてると思うと」
「調教って…まぁでも君に染まっていってるのは確かだよね」
俺から見れば、主だけが燭台切を変えたとは思わない。
主もまた、燭台切に影響を受けているように思える。
たとえば主は、とても明るく社交的になったと思う。
俺が来た頃の主は、どこかぎこちなさがあったように見えたから。
「こんなもんでいいかな」
主は鍋の雑炊のようなものを器に盛る。
細かくちぎったバジルを散らしたら、爽やかな匂いがした。
「長谷部には馴染みがないと思うから説明すると、洋風の雑炊みたいなものでリゾットと言うんだ…口に合えばいいが…」
主の作る料理だ、まずいと言うことはないだろう。
湯気の立つそれを一口。
「…どうかな?」
乾燥トマトの酸味が癖になる味だ。
バターで炒められた玉ねぎも悪くない。
「美味しゅうございます」
「よかった!」
「今度皆に作ってみる?」
燭台切が尋ねると主は考え込む。
「んー…それはダメだろう、左文字達は和食が好きだから…特に宗三が…」
「あー…確かにそれはダメだね」
「どうにかして仲良くなりたいものだなぁ…」
「…宗三は、よもぎ餅が好きですよ」
「本当に?!」
「えぇ」
「今度左文字達とよもぎ餅食べよう!ありがとう長谷部!」
「どういたしまして」
雑炊…リゾットを食べながら燭台切が口を開く。
「これアンチョビ入れたらどうかなぁ?」
「加減しないとクセが強いぞ、私ももう一味欲しくて酒盗を入れようか悩んだ」
「あー…あれもクセが強いよ?」
「隠し味程度ならと思ったんだが」
「どの道改良の余地アリだね」
「だな」
「…コンソメの素を入れればいいのでは…?」
料理には疎いがコンソメの素くらいは知っている。
スープの基本だからだ。
「…うん、正論なんだがそれは負けた気がして」
何にだ。
燭台切も隣で頷いている。
「似た者夫婦ですね…」
主の顔が赤くなる。
「ふっ…夫婦って!」
燭台切はだらしなく頬を緩ませている。
「本当の夫婦になりたいよねぇ…」
「…なれるならな」
「言ったね?!言質は取ったからね?長谷部君が証人だ!」
だから俺を巻き込まないで欲しい。
いくら主と言えどそれだけはご勘弁願いたい。
「燭台切…俺を巻き込むな」
「そうだぞ光忠、他人の迷惑を考えろ」
「え?フルボッコ?二人してひどくないかな?」
「お前の扱いなどこの程度で充分だ」
「ひどいよ君!」
主の燭台切に対する態度は、いわゆるツンデレと言うものなんだろうか。
扱いは悪いように見せているが、その実信頼や愛情がなければ成立しない関係に思える。
本当に二人は仲が良いんだな。
「ふふ」
「どうした長谷部」
「お二人の仲が良いので…つい」
また主が顔を赤くする。
「いちいち反応してかわいいね、君も」
燭台切が主の頭を撫でると、主はその手を払い除け燭台切の頭に手刀を入れる。
燭台切も避けるなり手を掴むなりできるだろうに。
胸焼けがしてくるな。
俺はリゾットを平らげ、器を流しに置いた。
「ごちそうさまでした…燭台切、閨で励みすぎるなよ」
「わかってるよ」
「長谷部!」
主から雷が飛んでこないうちに退散しよう。
まったく…関わるものではないな。

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