まったくバカなことをしたものだ

彼女の異変に気づいたのは、2週間前。
彼女はひどく怠そうだった。
体調が悪いなんて素振りを見せないようにしてた。
何でもない振りをしていたけど…。
だけど、僕の目はごまかせないよ。
僕が無理させすぎたんだろうかと思って、閨の回数を減らした。
それでも怠そうにしている彼女を見て、僕はある考えに行き着いた。
僕の神気が彼女を蝕んでいるんじゃないかって。
口付けはしょっちゅう。
身体を重ねることも、毎晩のように。
だから3日に1回にしたけど、変わらなかった。
体液は神気を取り込みやすいと聞いたから、唾液は無理でも精液には触れさせないようにしてた。
それでもダメだった。
彼女はどんどん弱っていく。
迂闊だった、大丈夫なわけないじゃないか。
いくら霊力が強いとは言え彼女は人の子。
このままじゃ…彼女は死んでしまう。
神隠しをすれば、彼女の命は助かるだろう。
でもきっと彼女の心は離れてしまう。
彼女は僕に隠して欲しいと言ったことがある。
でもあれは一時の気の迷いだ。
きっと後悔して泣くだろう。
そうして僕から離れていくのは耐えられない。
欲しいのは全部。
彼女のすべて。
心も身体も、どちらが欠けてもダメなんだ。
僕が負担になっているなら…僕が近寄るのはよくないなら…。
だから、僕は彼女から距離を置くことにした。
傍にいたら彼女の言うまま甘やかしてしまいそうだから。
いや、僕の忍耐が足りないせいかな。
いつものように彼女の部屋を訪い、抱き締めてキスをする。
その色香に惑わされそうになるけど、心を鬼にして彼女に告げた。
「しばらく君と会わないことにする」
そう告げたら泣きそうな顔になる。
揺らいでしまいそうだ。
「どうして?私何かした?」
「君が悪いんじゃないよ、君に無理をさせているみたいだから」
「無理なんてしてない」
「してるだろ?知ってるんだからね?」
「知ってるって?」
「神気に侵されて辛いんだろう?」
彼女は俯く。
「…平気だもん」
「平気じゃないんだろう?」
「平気だったら!」
「僕に嘘を吐くの?」
ふるふると顔を横に振る。
やっぱり無理してるんじゃないか。
「やだ…離れたくない…」
ぎゅっと服を掴む手も、なんだか弱々しい。
「ワガママ言わないの」
「やだ…」
「参ったな…」
「光忠と一緒じゃなきゃ嫌」
「僕を困らせないで?ね?」
「やだ…光忠がいないと死んじゃう…光忠がそうしたくせに…!」
「うん…」
「お前は本当にひどい男だ…」
「うん…」
「もうお前なんかしらない…顔も見たくない…出ていけ」
「…ごめん」
泣きそうな声と顔。
頬にキスをすると平手が飛んできた。
それもとても弱々しくて、僕は泣きたいような気持ちになる。
「早く出ていけ」
「…ごめん」
それから彼女とすごす時間はなくなったと言ってもいい。
遠征からも出陣からも外され、僕は家事をする日々。
ご飯の時には、薬研君と乱君と長谷部君と伽羅ちゃんががっちりガードしてる。
近侍は今言った4人のローテーションのようだ。
僕が言い出したのにこうまで拒絶されてしまうと…辛いな。
僕が君と会わないって告げた時、君はこんな辛い思いをしたのかな?
もっと君の気持ち、考えたらよかった…。
もう遅い。
僕が言い出したのに参ってしまいそうだ。
僕の言ったことが本当に軽率だったんだって思い知られるのは1週間後。
伽羅ちゃんがすごい剣幕で僕のところにやってきた。
あぁ、今日の近侍は伽羅ちゃんだったな…なんて考えていたら拳が飛んできた。
体勢を崩したら胸ぐらを掴んでもう一発。
「言いたいことはわかっているな?」
「ああ、なんとなく」
「…来い」
伽羅ちゃんについて彼女の部屋に。
布団に寝かされた彼女は青白い顔をして生気がない。
「相当無理をしている…眠れていないようだと乱が言っていたし、最近はほとんど食事も摂れていない」
伽羅ちゃんはそれだけ言うと部屋から出ていった。
そこまで追い詰めていたなんて…。
僕が考えなしなばかりに…!
何も会わないようにしなくても方法はあったかもしれない。
こんなにも君を追い詰める結果になってしまったなんて。
情けなくてカッコ悪くて、自分が許せない。
「くそ…」
僕は布団の中に手を入れて彼女の手を握った。
布団の中にあったはずなのに冷たい。
息をしてるのかすら不安になってくる。
唇にキスを落とす。
大丈夫、息はしてる。
それだけで少し安堵した。
僕は布団に入って、彼女を抱き寄せた。
凍えているなら暖めてあげたかった、いや…僕が触れたかったから…かな。
内番のジャージでよかったよ、スーツじゃ皺になってたから。
あぁ、たった1週間なのに細くなった気がする。
ただでさえ華奢な身体が…折れてしまいそう。
どれくらい抱き締めていただろうか。
腕の中の彼女が身動ぎする。
「みつただ…」
寝言だろうと思っていたら、僕の胸に頬を寄せる。
「みつただ…なんで…?」
「起きた?」
優しく頭を撫でる。
目覚めたばかりでまだ混乱しているようだ。
あと舌っ足らずなしゃべり方がかわいい。
「なんで…」
「ごめんね」
彼女の手が僕の頬に触れ、僕の顔を包む。
「みつただ」
「なぁに?」
「ゆめかな?」
「夢じゃないよ」
「みつただ?」
「そうだよ」
そう言うと嬉しそうに僕の胸に顔を埋めた。
「みつただだ」
「うん」
「きらわれたかとおもった…」
「それは僕の方だ…ごめんね、君の気持ちも考えないで…」
「すてられるとおもった」
「本当にごめんね…もうあんなこと言わないから」
「みつただ、そばにいて…いっしょにいて…」
「うん、一緒にいるよ…」
「ん…ねる…」
「うん、おやすみ」
安心したのか再び眠りにつく。
本当は水くらいは飲ませた方がよかったかもしれないけど。
とりあえず今は休ませてあげなきゃ。
彼女を抱き締めていたら僕もちょっと眠ってしまったようだ。
目を覚ますと満面の笑みを浮かべた彼女の顔が間近にある。
「おはよ」
僕は欠伸を噛み殺しながら彼女の頬に口付ける。
「寝顔、かわいかった」
「カッコ悪いな、僕」
「ふふ…いいものが見れた、普段光忠の方が早起きだから」
「喉乾いてない?お腹空いてない?」
「うん、少し食べないと…」
「お粥作ってくるよ」
「一緒に行く、あと…雑炊がいいな…卵とネギが入ったの」
「うん、まかせて」
厨房では薬研君達が夕餉の仕度をしている。
僕はその一角を借りて彼女のために雑炊をこしらえる。
すぐできるように冷ご飯に水とだしの素を入れて火にかける。
生気が戻った彼女の顔を見て、薬研君も少し安心したみたいだ。
心配かけたことを詫びると、これっきりにしてくれと小言を食らった。
伽羅ちゃんと長谷部君が厨房に顔を出す。
彼女が心配だったみたいだ。
「もういいのか?」
「心配かけたな、すまん」
「アンタがいないと、ここは回らないだろう?」
「だな、こんな不甲斐ない主ですまない…」
「…アンタはそれでいい」
「ありがとう、大倶利伽羅」
「燭台切、俺からも一発殴らせろ」
「甘んじて受けるよ…調理が終わったら」
「加減してくれよ?あとで使い物にならないと困る」
彼女が僕を心配して長谷部君に釘を刺すけど、長谷部君はきっぱり断る。
「承知できませんな、顔と腹どちらか選ばせてやる」
「お腹にしとく」
「わかった」
「腹だと思うか?」
「顔だろうな」
後ろで伽羅ちゃんと彼女の物騒な会話が聞こえる。
ネギを刻んで卵を溶いて、ふつふつ煮える鍋に卵を入れる。
卵が固まったらネギを入れた。
一混ぜして味を見る。
ちょっと薄いくらいだけど今の彼女にはちょうどいいはず。
「できたよ」
「よし燭台切、表に出ろ」
勝手口から外に出る。
「いくぞ」
「どうぞ」
長谷部君の体重の乗った右ストレートが僕の顔に入る。
うわ、ホントだったよあの物騒な会話。
「これから夕餉の時間だろう?腹はやめておいてやったぞ」
「つ…心遣いありがとう」
厨房に戻ると彼女がにこやかに迎えてくれた。
「顔か?腹か?」
「顔だった」
「ふ」
「だと思った、長谷部ひねくれてるからな」
「ちょっと伽羅ちゃんまでひどい」
僕達の様子を窺っていた薬研君が言う。
「終わったんなら手伝い頼むぜ、もう仕度は整ったからな」
長谷部君と伽羅ちゃんが手伝いを買って出る。
僕は彼女に作った雑炊を持って広間に行く。
彼女を座らせて、僕は一言告げる。
「先に食べてて、僕もご飯よそってくるから」
「早くしてくれよ」
今日のおかずはサラダと唐揚げと山芋のお味噌汁。
唐揚げ、彼女の好物だな。
膳を持って彼女の隣に座る。
彼女はお腹が減っていたのか、もう鍋の半分ほど平らげていた。
結構作ったのにな、食欲が出てきたのはいいことだ。
「あーんして?」
「行儀悪いぞ、光忠」
「唐揚げあげるから…君お箸ないだろ?手で摘まむのも行儀悪いからね?」
「…わかった」
彼女は素直に口を開ける。
唐揚げを1つ口に入れ、咀嚼する。
「美味しい?」
こくりと頷く。
彼女は鍋からもう一掬いして雑炊を取り食べている。
「食べ過ぎちゃダメだよ?」
「わかってる」
少しは元気になってくれたみたいでよかった。
本当に。
残った雑炊とれんげを受け取って平らげる。
またお腹が空いたなら作ればいい。
そう言うと、今度はうどんがいいとリクエストされる。
食器の片付けのために彼女を伽羅ちゃんに連れて帰ってもらった。
過保護と言われたが過保護にもなる。
片付けを終えて彼女の部屋に行く。
伽羅ちゃんがお茶に付き合わされていた。
断らないなんて珍しいな。
ふと見るとおやつのチョコがある。
あぁ、伽羅ちゃんも食い意地が張ってるなぁ。
「僕もお茶欲しいな」
「待ってろ」
そう言うと彼女はティーポットを洗いに行った。
僕もチョコを一口。
チョコはオレンジの皮の砂糖漬けが入っている。
オレンジの皮の爽やかな風味がチョコと合わさって美味しい。
そういや紅茶買ってた時にチョコをしこたま買い込んでいたな。
「光忠も来たし俺はもう部屋に戻る」
「そう言わずもう一杯付き合え、苺チョコもあるぞ!苺たっぷりのちょっとお高いやつ!」
「…わかった」
伽羅ちゃん単純だなぁ。
茶葉を計りお湯を沸かしてティーポットにお湯を注ぐ。
「ミルクは?」
「俺はいい」
「僕は欲しいな」
牛乳パックを渡される。
彼女は既にカップの3分の1ほど注いでいる。
僕も彼女と同じくらい注ぐ。
蒸らした紅茶をそれぞれのカップに。
彼女は冷蔵庫から苺チョコを取り出す。
パキッといい音がしてチョコが割られる。
「はい」
僕達にひとかけずつ。
伽羅ちゃんは前にダッツの苺を食べてから苺味にハマってしまったんだそうだ。
彼女が持ってきたチョコは、伽羅ちゃんのお気に入りらしい。
わずかだけど、伽羅ちゃんの表情が緩んでいる。
「明日にでも実家に帰ってみようと思う、何か妙案が出たかもしれないから」
「うん、気をつけてね」
「何も案がなかったらどうするんだ?」
「…その時はその時だ」
「光忠」
「何?伽羅ちゃん」
「どうしようもなくなったら…神隠しをしろ」
「君までそんなことを言うの?」
「君まで…とは?」
「主も僕に何度か言ったんだよ、神隠しをしろって」
「なら何故それをしない」
「…皆はそれでいいの?彼女はそれでいいの?僕はあとで後悔されるのは嫌なんだよね…」
「…なるほどな」
「神隠しなんていつでもできるよ、でもそれをして泣かれたり後悔されたりするの…僕は嫌なんだ」
僕はズルいのかもしれない。
でも、本当のことだ。
彼女に泣かれるのが、僕は一番辛いんだ。
「祈るしかないな…」
「大丈夫、なんとかなる…なんとかなるから」
そう僕達に言い聞かせるように呟く彼女が、なんだか消え入りそうで…。
伽羅ちゃんもいるというのに抱き締めてしまっていた。

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