本丸怪談

夕餉を食べ終わったあと短刀達に乞われて部屋に向かう。
誰が言い出したのか、私の怪談が聞きたいと言うのだ。
祓い屋をしていると言っても、私は怪談の類はあまり知らない。
もう仕事が怪談みたいなものだし。
怪事に慣れ過ぎていて、何が怖いのだとかそういう感覚が麻痺している。
生きている人間の方がよっぽど怖い。
後片付けを終えた彼と大倶利伽羅に出くわし、これから怪談を聞かせに行くと告げると珍しく大倶利伽羅が興味を示した。
なので二人も連れて粟田口の皆が寝起きする部屋に。
部屋には短刀達が勢ぞろいし、保護者に一期一振が待っていた。
「すみません主、弟達のわがままに…」
「いやいいんだが…期待されるほどの怪談なんてないぞ?」
そう言って私は照明を落とし、蝋燭に火を灯す。
怪談はこんな話だ。



それはあるラブホテルのことだ。
幽霊が出ると言うことで有名なそのラブホテル。
あ、ラブホテルがわからない?
まぁ男女がしけ込むための…だよ。
その幽霊が出ると言う一室に泊まってみようと言うカップルがいた。
面白半分でやってきて、まぁやることもやって。
この二人は幽霊が出るなんて思ってもいないんだ。
そしてはしゃぐだけはしゃいで二人は眠りについたんだ。
夜半…。
男の方はふいに目が覚めた。
でも身体は動かない。
金縛り状態でどうしようかと思ったら、憤怒の形相の女が覆いかぶさってきた。
女は何やら叫んでいるんだけど、男には何を言っているのかわからなかった。
ただただ恐ろしくて、男は南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えて目を閉じた。
そうしたらいつの間にか眠っていた。
翌朝そのことを女に話したら、女の方も怖い夢を見たという。
それは男にのしかかられてめった刺しにされる夢だったそうだ。
そして二人はベッドサイドの引き出しからノートを見つけた。
そのノートには泊まった客の感想が書いてあった。
『やばい』『ここユーレイ出る』『怖いマジ怖い』『やばいやばいやばい出た!!!!!』
『ここで殺人事件あったんだって』『マジで?!やばい』
などなど…。
カップルは震え上がり二度とそのラブホテルに来ることはなかったそうだ。



「以上だ」
「それだけ〜?」
声を上げた乱は少し不満げだ。
「それだけだ」
「存外怖くありませんでしたね」
「私に話術を期待されても困るよ、本業ではないのだから」
光忠が複雑な顔をして私に尋ねる。
「念の為聞くけどその話…」
「うーん、高校の頃有名な話だったんだ…真偽のほどは知らん」
「祓いに行こうとは思わなかったのですか?」
一期一振が尋ねるが私は答えに困った。
「依頼もなかったし何よりそのラブホテルがどこのことかわからなくてな、まぁ所詮噂だからな」
そう言って私は照明を点けて蝋燭を消した。
「あぁ、そう言えば…」
一期一振がぽつりと呟く。
「私は、先日幽霊と言うものを見ました」
「どこでだ?」
「この本丸で」
不思議なことを言うものだ、と私は思った。
審神者の住まう本丸は、どこも霊的な守備が万全だ。
幽霊なんて迷い込む余地はない。
「…にわかには信じられないが…どこで見たんだ?」
「ちょうど夜半に厠に行く時でしたな、廊下を歩いていた時に…庭に白い影が二つ」
五虎退が怯えて薬研に慰められている。
それを一期一振が謝罪していた。
ふむ…だが捨て置けない。
私は大倶利伽羅に青江を呼んできてもらった。
事情を話すと青江も夜半に見回りをすることを承諾してくれた。
一時間置きに私と大倶利伽羅を青江の三人で。
石切丸と光忠が自分も…と言うのだが、夜目が利かないので却下した。
「ゾクゾクするねぇ」
「お前は呑気でいいな青江、本当に幽霊なんかいたら大変だぞ?」
「アンタは幽霊だとは思っていないのか?」
やや意外そうに大倶利伽羅は私に尋ねる。
「幽霊が紛れ込めるようなゆるーい結界ではないしな…一期一振が何かを見間違えたんだろう」
そう言って最初の見回りに出かける。
本丸中を歩いて回ったが、特に何もなかった。
次も、その次も。
いい加減眠くなってきたな…なんて思いながら見回りに出かけた。
時間も丑三つ時…何と言うか、出る時間だ。
道場や厨房や皆が眠る各部屋は何もなかった。
最後に共用の男子トイレに。
男子トイレは少し離れた場所にある。
廊下を歩いていると…ぼうと浮かび上がる白い影が二つ…。
確かにいた。
一期一振は嘘を言っていたわけではなかった。
持って来ていた履物を下ろしゆっくり白い影に近付く。
私は用意していた札を投げた。
なんとかそれは白い影に当たる。
影が、こちらに気づいたようだ。
「これは面妖な…拙僧は邪霊悪霊の類ではござらぬぞ?」
カカカと私の札を剥がし笑うのは、山伏国広だった。
「山伏…これはどういうことだ?」
「いやなに、兄弟が手合わせを所望していてな?」
もう一つの影…それは山姥切国広だった。
山伏国広は寝巻の白い浴衣姿、山姥切国広はいつもの白い布を被った姿。
なるほど、夜目の利かない一期一振ではわからぬのも道理だ。
「しかし何でまた夜中に手合わせなんだい?」
そう尋ねるのは青江。
それについては私も気になっていた。
「拙僧達はまだ行くことはできないが、厚樫山を越えると夜戦続きでござろう?」
「そうだな」
「兄弟はそれを見据え、拙僧に修行を頼んできたのである」
と、ふと見るとそこには堀川国広もいた。
「見つかっちゃいましたね」
などと笑っていた。
「幽霊の正体見たり…だな」
大倶利伽羅はようやっと殺気を収めてくれた。
「人騒がせだねぇ…」
青江もやれやれと言った様子。
「ところでお三方は、何故このような夜半に?」
三人に事情を説明した。
混乱の元なので今後は道場を使うよう頼み、私達はその場を離れた。
二人に礼を言ってようやく解散。
私も部屋に戻る。
光忠は律儀に起きていたらしい。
私を出迎えるなり話を聞きたがったが、もう眠いと言って寝ることにした。
まぁ何にせよ、大事にならないでよかった。
本丸で幽霊騒ぎなんてシャレにならないからな。

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