昔の話3

あれっきり華子は私に会おうとはしなかった。
華子がどこにいるのかは知っている、だが会いに行ったところで拒絶されるだけだろう。
私は比奈に華子のことを相談した。
比奈はただ一言私に、バカな平家…そう言った。
何がバカなのか尋ねたら、わかっていないからバカなんだと返された。
「俺でもわかることがアンタにわからないなんておかしな話もあるものだ」
「どういうことです?私にはわからない…教えてください比奈」
「俺が教えたんじゃダメだ、華子が言うかアンタが気付くか…」
そう言って比奈は私の肩を叩いて去って行った。
わからない。
華子は私に何かを伝えたかったんだろうか?
私はどうすることもできずただ時が過ぎていった。
ある時、華子は倒れた。
過労が祟ったのかと思ったがそうではなかったらしい。
華子は身籠っていた。
私はすぐに華子を家に連れ戻した。
父親は誰かわからないと答えた。
私は華子のために東奔西走した。
悪阻がひどい時には付いて背中をさすってやった。
あれが食べたいと言えば作ってやり、これが欲しいと言えば買ってやった。
華子の腹はどんどん大きくなり、歩くことすら億劫なようであった。
産婆さんの話ではここ数日で産まれるだろうとのことだった。
その日がきた。
私はおろおろするばかりでろくに役に立たなかったろう。
せいぜい産婆さんを呼びに走り、湯を沸かし続けただけだった。
とても華子のそばにいてやれる自信はなかった。
産まれたのは元気な男の子だった。
自分の子供を抱く華子がとても幸せそうだった。
華子は産後の肥立ちも良く、子もすくすく育っていった。
そうして子も五つになった頃だった。
華子はいつものように法超者の勤めに行った。
私は審判者としてそれを見守っていた。
いつも通りの手並みであった。
並み居る悪人を串刺しにし一貫の終わり。
だが事態が急変した。
捕われていた子供を保護しようとしていた時だ。
まだ生き残りがいたらしく華子は撃たれた。
私は華子を撃った輩を始末すると彼女の元に駆け寄った。
出血がひどかった。
「私は…もうダメなのかな…」
「そんなことありません、すぐに医者に…」
「あのね…平家さん…言わせて…私ね…貴方が好きだったの…」
「何を言うんですか…私だって貴女が大好きですよ!」
「違うの…私の好きと…貴方の好き…違…うの…」
「もう…もう黙りなさい…傷に障ります」
「貴方は…ずっと…子供…扱い…しか…して…くれな…か…たな…」
「華子さん…」
「あのこ…おねが…い…」
あっけないものだった。
人の死には…慣れているはずだった。
それなのに…私は悲しくて仕方がなかった。
私は理想郷に彼女の死を伝えた。
私を知る者が誰しも、私が勤めに私情を持ち込んだことに驚いていた。
失態だな、私らしくもない。
しかしそんなことを気にしていられるほどその時の私には余裕がなかった。
残された子に如何にして母親の死を伝えるか…その後彼をどうすべきか…。
私はまず母親の死から伝えることにした。
子には異能がなかった。
それ故に法超者のことは知らぬ方が良かろうと、ところどころ事実を伏せて。
子供を助けようとして死んだ、子にはそう伝えた。
子供は死と言うものがまだ良くわかっていないようだった。
母様はいつ戻るの?と言う言葉に私は戻らないとしか言えなかった。
もう一つ、私は子に尋ねた。
祖父母に会いたいか?と。
子は会いたいと言った。
私は早速子の祖父母…つまり華子の両親に、華子が亡くなったことと華子に息子がいることを手紙に認めた。
華子の両親は会いたいと言ってきた。
私は子に身の回りの物を纏めさせ華子の生家に向かった。
呉服屋はあの頃と変わらず繁盛しているようだ。
私達は暖簾を潜り、番頭に声をかける。
主人に取り次いでもらい、中に通された。
座敷には主人と奥方の二人が並んで座っていた。
私は二人に華子の子だと紹介した。
子が自己紹介すると奥方が嬉しそうに微笑んだ。
奥方がお菓子をあげようと子を別室へ連れて行った。
私は華子が死んだ時のことを話し、これから子をどうすべきかと言うことを主人に尋ねた。
主人は、引き取らせて欲しいと言う。
私もそれに賛成だった。
できれば子には普通の生活をさせてやりたかった。
問題は子がどう言うか…だ。
万が一私と一緒に暮らすと言ったらどうしたものか。
奥方に子を連れてきてもらい尋ねた。
「貴方のお祖父様とお祖母様が一緒に暮らしたいと言っています」
「平家さんはいっしょ?」
「私は一緒ではありません、お祖父様とお祖母様だけです」
「平家さんはひとりでさみしくないの?」
「…えぇ」
「じゃあ、なんでそんなかなしいかおするの?」
「私の心配はしないで良いんですよ」
私は子の頭を撫でた。
「彼を…よろしくお願いします」
私は主人と奥方に暇を告げた。
私が店の外に出ると、子が追ってきた。
「平家さん、あそびにきてくれる?」
「…いいえ、もうお別れです…お祖父様とお祖母様を大切にね」
私は帰ると華子の遺品や子の荷物を生家に送るよう手配した。
独りきりになった。
また華子がいない昔に戻っただけだと言うのに、これほど独りが辛いとは思わなかった。
ぽっかりと穴が開いたようだ。
それほど華子が私の中に深く根付いていたのだと言うことだった。
華子は最期に言っていた。
私の好きと貴方の好きは違うと。
私は最期までわからなかった。
華子は私を独りの男として好きだったのだと。
私は…華子を妹や娘だと思って見ていたのだ。
…悔やんでも悔やみきれなかった。
もっと早くわかっていれば…華子はあんな自暴自棄にならなかったのかもしれないのに…。
そう考えたところで何も変わりはしないのだと思っても考えずにいられなかった。
私はなんて愚かな男なんだ…そう思わずにはいられなかった。
私は何日も塞ぎ込んでいた。
比奈が尋ねてきたのはそんな折だ。
私は外に連れ出されいきなり氷柱をお見舞いされた。
私は避け光の鞭で応戦する。
「一応腕は鈍ってないみたいだな、安心した」
「何を…私を試したんですか?」
「理想郷に顔を出せ、悲しんで悔やめば華子が戻るのか?」
「…そう…ですね、仕事は山積していましたね」
比奈なりに私を励まそうとしてくれているのはわかった。
私は勤めに没頭することで孤独を紛らわせた。
それこそ周囲が私の過労を心配するほどに。
この程度で倒れるほどヤワではない…つもりだった。
だが倒れてしまった。
倒れてしまったのはきちんと眠れなかったからだ。
人間、眠れないとすぐにガタがくる。
軍にいた頃にそういう訓練を受けたし慣れているつもりだったが…。
幸い倒れた時には比奈しかいなかったので、比奈以外はこの事実を知らないのが救いと言えば救いか。
「平家がそんなに不器用だったとはな」
「えぇ、自分でも驚いていますよ」
「忘れるなとは言わない、だが考えるな」
「努力します」
だが今の私にはどれほど難しいことだろうか。
それでも比奈の言葉がありがたかった。
「…比奈…」
「何だ?」
「…ありがとうございます」
「アンタがいつまでもそんなじゃ困る、他にも示しがつかないしな」
「えぇ、そうですね…」
「少し眠れ、仕事なら俺も手伝う」
「お言葉に甘えさせていただきます…」
比奈の言葉に従い私は少し眠った。
私には華子を忘れることができそうになかった。

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