あゆみよる




日暮れ時、縁側で鮮やかな夕日を眺めていた私のもとに、深刻そうな顔でやって来た貞は何か躊躇ったあとに口を開いた。

「…あ、兄様…時雨様と翠雨様は……妖なのですか?」

『っ!!』

真っ直ぐ私の目を見つめて問う貞はどこか確信めいたものを持っていた。素直に驚いた。二人の正体はずっと隠し通してきたのに今気づくなんて。

時雨と翠雨は人間の姿で幼き時から私の下働きとして屋敷に出入りしている。その方が側にいて護れるから、と二人が言い出した。そこまでしなくていいと、最初は断ったのだけど緋絵や朧にも諭され結果今に至ってる。
誰も相手したくない私の世話を自ら買って出てくれ、尚且つ給金もほとんどいらないと言う二人は、父様にとっても屋敷の者にとっても有難い存在だった。それ故、貞も昔からの顔馴染みだし、共に遊んだこともある。

「やはり、そうなのですね……。」

『…何故……?』

「つい最近、見たのです。翠雨様や時雨様が兄様となにやらお話をしていた時に、人ではなく異形の姿に変わる瞬間を………。その時に一つ思い出したこともあるのです。兄様が渡してくれる御札や御守りには"そういう"類いの者を祓う力がある、と。もう記憶も朧気な幼いときですが、一度だけ屋敷の外で襲われたときに魔性の者が私に触れた途端、弾けて消えたのです。思い出したときに知ったのです。兄様がいつも陰陽師のような術を持って陰ながら私を護っていてくれていることに。だから、なぜ祓う側の兄様が妖と共にいるのか、考えても疑問が深まるばかりで………。」

『…………、』

「……………私は、…妖が怖い。怖くて怖くて仕方がない…。……恐ろしいのです…。」

かたかたと震える貞の考えていることは、きっと夢に見た未来の自分の"死"。羽衣狐に喰われてしまう未来。
妖が恐ろしい、そう言う貞を誰が咎められようか。自分の死に行く原因は妖なのだから、憎まれても仕方がないと言えてしまう。私には貞が妖を嫌いになることを止めることはできない。

『貞、ずっと黙っててごめんなさい。でも貴女には関わりあって欲しくなかったから言わなかったの。普通に、暮らしてほしかったから……。』

そう、普通に。
…未来さえも知らないまま、ただの普通の姫として生きてほしかった。もう無理だって分かっていたのにね。これは私の我が儘だったの。

『ごめんなさい。私が妖と共にいることで、貞を苦しめていたなんて気づかなかった。私を軽蔑してくれてもいい。……ただ、ただ、これだけは分かって。妖とて悪い奴等ばかりではないのです。だから私は祓う側にいながらも共に在ろうとするの。』

「あ、兄様を尊敬すれども軽蔑なんてするはずがありません!!……それに、妖が悪い者達ばかりではないのも分かります。今聞いた兄様のお気持ちも…。……だって、時雨様と翠雨様はとてもお優しいもの……。」

『………貞…、』

「人間だって善悪あるものです。ですから妖にだって善悪があるのは不思議ではありません。…ただ………、ただ私は妖は恐ろしく怖いものだと感じてしまっているのです。だから……、今まで通り二人に接していけるか私には不安で…、」

ぽろぽろと涙を流す貞をふわりと抱き締める。本当に、本当に、強くて優しい子。
人は未知の存在に恐怖を抱く。ゆえに異形な妖を嫌う。でも、貞は違うのね。自分の死が妖のせいだとしても、それでも恐怖だけで妖の存在を否定することなく、理解を示そうとしてくれている。もし私が貞の立場ならどうだったのだろう。きっと貞のようにはなれないもの。

『ねえ、貞。時雨と翠雨のこと、嫌いになりましたか?』

「…いいえ、……妖だという理由では嫌いにはなれません。……だって、………好きだから。」

『ふふ。その言葉、時雨と翠雨が聞いたら喜びますね。だって、貞はちゃんと二人の"心"を見て判断してくれたんですから。好きだと思ってくれているなら何も心配することはありませんよ。』

「…本当ですか……?」

『はい、大丈夫です。』

抱き締めたまま頭を優しく撫でれば、やっといつもの笑顔を見せてくれた。
ねえ、貞。これからもその優しい心を大切にしてね。さすればきっと、貴女に幸運をもたらしますから。現に、貴女の優しい心に触れた私は、貴女の穏やかな未来のためならなんだってする覚悟があるのだから。

『私は貞が妹で誇らしいですよ。』



 
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